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自転車泥棒ズラタン少年の
スリルに満ちた出世物語。
~『イブラヒモビッチ自伝』を読む~ 

text by

熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

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photograph bySports Graphic Number

posted2013/03/06 06:00

自転車泥棒ズラタン少年のスリルに満ちた出世物語。~『イブラヒモビッチ自伝』を読む~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『I AM ZLATAN ズラタン・イブラヒモビッチ自伝』 ズラタン・イブラヒモビッチ/ ダビド・ラーゲルクランツ著 沖山ナオミ訳 東邦出版 1800円+税

 2004年1月4日、筆者はマルセイユの貧民街で襲われた。郊外のアラブ人街に足を踏み入れた途端、車を襲われ、スーツケースを強奪されたのだ。このとき刑事本庁に通いながらジダンの取材を行なうという貴重な経験をした筆者は、『ズラタン・イブラヒモビッチ自伝』に描かれた主人公の半生を、リアルに想像することができる。彼が育ったのもまた、ソマリア人やスラブ人が暮らすスウェーデンの貧しい移民街だった。

 本書には、ズラタン少年が頻繁に自転車を盗むシーンが描かれている。

「俺はいつも盗んだ場所から離れたところに停めるようにしてたぜ。前の持ち主が通りかかったら見つかっちまうからな。それがプロの泥棒のやり口ってもんだ」

 自転車を盗み、それをだれかに盗まれると、また新たに自転車を盗む。これが貧民街の若者の明け暮れである。

親父は飲んだくれ、姉貴はドラッグ中毒。情熱を生んだ不条理。

 ズラタンの家族は祖国ユーゴスラビアの内戦を憂い、泣いてばかりいた。親父は飲んだくれで、姉貴はドラッグ中毒。通っていたサッカークラブも、追い出されそうになった。

「純血種のスウェーデン人たちは(中略)嘆願書を作って裏で回し始めた。『ズラタンはこのクラブにふさわしくありません。退会を嘆願する署名をお願いします』とかなんとか書いてあって、下には多くの親の署名が並んでいた」

 不条理が次から次へと襲いかかる貧民街は、無邪気なこどもを怒れる少年に変える。貧民街からジダンやマラドーナといった偉大なプレイヤーが次々と輩出されるのは、そこに世間への怒りが煮えたぎっているからだ。それは若者を犯罪に駆り立てもするが、同時にサッカーへの飽くなき情熱へと昇華される。ズラタンは盗んだ自転車に跨り、コートへ突っ走った。行きつく先は刑務所か、それともバロンドールか――。

 ズラタンは幼少期を、こう振り返る。

【次ページ】 勝つことより、美しいプレーを見せつけるのが大事だ!

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ズラタン・イブラヒモビッチ

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