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【競馬ラボスペシャル対談】安藤勝己 完全独占インタビュー 

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posted2013/02/20 13:00

【競馬ラボスペシャル対談】安藤勝己 完全独占インタビュー<Number Web>

-引退記念 4週連続公開-競馬界の新しい扉を開き、地方、中央の両方で1000勝達成という金字塔を打ち立てたパイオニア=安藤勝己。現役時代には語ることができなかった本音や、伝説の名馬たちの裏エピソードなど全4回で包み隠さずお届けします。アンカツの表情が見られる「WEB動画版」も必見です!
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■レースごとに強くなっていった【オグリキャップ】

-:37年間の現役生活、本当にお疲れ様でした。ということで、安藤さんのジョッキー人生を振り返っていただきたいと思うのですが、まずは笠松時代について教えてください。中央のファンにとっては、やはりオグリキャップが印象深いのですが。

安藤勝己氏(以下、安):「そうでしょうね。デビューは4月ぐらいだったかな?その頃は乗っていなかったから、傍から見ていて、正直、そんなに見栄えのいい馬ではなかったね。芦毛だから、灰色っぽくて、毛もボサボサで。とても見るからに“イイ”と言えるような馬じゃなかった。

ところが、いざまたがってみると全然違うんですよ。フットワークが素晴らしく、柔らか味があって、特に前脚の使い方が独特で、(重心が)低いんだよね。全部の重心が前にかかっているような。だから、笠松なんかは馬場が深くて、一歩つまずいたら、ガクーンと行ってしまいそうな感触で……。

僕はデビュー5戦目か6戦目あたりから乗っているんですけど、それまでに2回くらい負けてるんですよね。ゲートも出ないし、800mという距離も合わないというのがあって。僕もその頃は “本当は強い馬なのかな”と内心思っていたけど、周りにも明言するほど強いとは思わなくてね。乗り始めたら1走ごとに強くなっていったね。気性的にもドッシリしているタイプで、そこもこの馬のいいところでした。

そして、数もけっこう使ったね。それでも、僕が乗り出してからは、調教で目一杯に仕上げたことは一度もなかった。仕上げる必要もなかったし、ちょうど本当に成長している時だったから。そういう意味では地方でデビューしたのもよかったのかもしれないね。あれだけスピードがある馬だから、若いころに芝を本気で走っていたら、どこか故障がきたかもしれないし。骨が固まってきて、成長してからJRAに行ったからね。

まあ、中央でも重賞の1つや2つは取れる器だとは感じていましたけど。一流血統とは言えないダンシングキャップの仔ということで、どうしても低く見てしまうところがあって。“距離もどうかな”というのがあったし、まさかあそこまで、超一流になるとは思ってもいませんでした。

-:オグリローマンはどうでしたか?

安:妹のオグリローマンは、兄と対照的に乗りにくい馬だったね。怖がりというか敏感な気性でした。ハミ受けも悪くて、ちょっと当たるとガツーンと頭を上げちゃって、かかりやすかったし、乗りにくい馬だったんですよ。だから、性格的にはキャップとは違っていたね。それでも、中央に上がるくらいだから、強い馬でしたよ。公営時代はほとんど負けていないんですよね(7戦6勝)」

■忘れられない思い出の馬【フェートノーザン】

-:一番の思い入れがある馬と言えば、どの馬なんでしょう?

安:「やはりフェートノーザンです。強いこともあったけど、最後がかわいそうだったから。引退レースで骨折しちゃって、結局、安楽死ということになってね。この馬とは、いろいろなところを回って苦楽を共にしました。

今思えば、北海道のブリーダーズゴールドカップを使った時、やっとこさな状態で勝ったんです。調教の時点から、ちょっと感じがおかしいと思ってたからね。“あの時の一戦でおかしかったのかな”と今になれば思いますし、悔やまれますよね。それに気付いてやれなくて……。(馬は)人間が気付いていないだけで、なにかしらのサインは出していると思うね。本当に悪かったら、馬も加減して走っているだろうから。あの馬はすでに種牡馬入りすることまで決まっていましたから、本当に残念でした」

-:桜花賞に出走したライデンリーダーも、大きな話題になりましたね。

安:「あとで思うことだけれどね。トライアルとはメンバーのレベルが違っていた。そういう点では、いいレースをしなければ、勝てなかっただろうね。あの頃は、ワカオライデン・ブーム(父ワカオライデンの仔が、各地で活躍していた)みたいなのがあって、その上でトライアルに快勝して1番人気になりましたからね。とはいえ、前哨戦は相手関係が楽でしたし、“圧倒的な力で勝った”という気がしなかったんですよ。それに、トライアルで仕上げたせいか、本番は決して完調ではなく、4着止まり。“絶好調だったら”という気持ちもあったけど、バケモノ的な馬ではなかったので、力でねじ伏せられたかどうか……?いずれにしても、この頃から中央のG1を意識するようになったんですよ」

■中央競馬移籍とアンカツルール

-:そして中央入りするわけですが……

安:「ご存じのとおり、1年目は試験で落ちてしまいましてね。で、その際、ファンやマスコミの方から“これだけの成績を残しているジョッキーを学科で落とすのはナンセンス”という声が上がり、年間20勝以上を2回挙げれば一次免除というルールができたんですよ。2年目は勉強すれば何とかなるかな、とは思ってはいたのですが、正直ありがたかったですね。それもこれもファンの皆さんには感謝していますし、マスコミの方も騒いでくれたことも大きい。今でも、あの時のことは嬉しかったですよ」

-:そうして安藤さんがパイオニアとなり、多くの地方騎手が続いたわけですが、これから中央入りする戸崎さんに関してはどうですか?

安:「岩田君や小牧君は知っているんだけど、戸崎君とは年齢が離れていることもあって接点があまりないんですよ。ただ、見た感じからすると、フォームがきれいになって、洗練された乗り方に変わったような印象を受けます。公営から中央にシフトしたということなのでしょう。そつない感じですし、結果は出せるんじゃないかな」

第2章 アンカツだけが知る名馬たちの素顔
2月24日(日)最終レース終了後に公開です!大きくご期待下さい。

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安藤 勝己(あんどう かつみ)

1960年3月28日生まれ 愛知県出身
76年に笠松競馬でデビュー。78年に初のリーディングに輝き、東海地区のトップ騎手として君臨。笠松所属時代に通算3299勝を挙げ、03年3月に地方からJRAに移籍を果たす。同年3月30日にビリーヴで高松宮記念を勝ちG1初制覇して以降、9年連続でG1を制覇。JRA通算重賞81勝(うちG1 22勝)を含む1111勝を挙げ、史上初の地方・中央ダブル1000勝を達成した。13年1月惜しまれつつ騎手人生に終止符を打った。今後は「競馬の素晴らしさを伝える仕事をしたい」と述べており、さらなる競馬界への貢献が期待されている。


■公式twitter■

@andokatsumi



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