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<初マラソン特別寄稿> 角田光代 「それでもとにかく走るのだ」~直木賞作家の東京マラソン体験記~ 

text by

角田光代

角田光代Mitsuyo Kakuta

PROFILE

photograph byAtsushi Kondo

posted2013/02/22 06:01

<初マラソン特別寄稿> 角田光代 「それでもとにかく走るのだ」~直木賞作家の東京マラソン体験記~<Number Web> photograph by Atsushi Kondo

和光前でマラソン仲間からかけられた「がんばれ」。

 20km地点通過。ブドウ糖摂取。水分もとらないと、乳酸が溜まってしまうと思い、喉は渇いていないがスポーツドリンクをもらって飲んだ。

 日比谷を過ぎて、今度は銀座方面に向かう。有楽町を過ぎて銀座に向かう道は、応援の人たちがものすごく多い。あふれる人々の姿にびっくりするほどだ。そうして和光前を通るとき、私は応援にきてくれたマラソンチームの面々を見つけた。私は彼らに走り寄り、手をふった。みんな気づいて、ぱっと笑い、口々にがんばれと言ってくれた。すぐに通り過ぎてしまったのだけれど、泣きそうになって困った。走っていて、知り合いに応援されると、こんなにもうれしいと知らなかった。

「スカイツリーと雷門が、いちばんぐっときた東京ポイント」

 銀座から日本橋を目指す。相変わらず上半身は疲れていないのだが、あまりの果てしなさに気が遠くなる。いったいどれだけ走ればゴールなのか、と。多くの応援客が、無料配布される折りたたみ可能の扇子のようなものを持っていて、この片面に「走ればぜったいゴールに着く」というようなメッセージが印刷されている。このメッセージに鼓舞される人もきっといるんだろうけれど、私はそれを目にするたび、「ああ、走らなければゴールに永遠に着けない……」と反語的にがっくりしてしまう。

 浜町中ノ橋から浅草に向かう道は、退屈も脚の疲れもすっかり忘れるほどのすばらしさだった。走行道路の左右に、通行止めされた広い道路が広がり、そのまま走ると右手に金色の雲をのせたようなアサヒビールのビルが見え、それを過ぎると、にょっきりと建築中のスカイツリーがあらわれる。こんなに間近ではじめて見た私は、思わず、わああ、と叫び、そのまま口を閉じることができず走りながら見入った。ようやく前を向いてみれば、道の先に雷門がどーんとある。これまた、わああ、である。東京を走っているのだという実感は、新宿でも、銀座でもするわけだけれど、このスカイツリーと雷門が、私にとっていちばんぐっときた東京ポイントだった。

「敵は自分の怠け心」と書かれた旗にぎょっとする。

 雷門の真ん前では、芸者さんたちが太鼓を叩き歌をうたっていた。このあたりはものすごい人出。30kmでまたスポーツドリンクを飲み、ブドウ糖摂取。またしても銀座に戻るわけだが、また例の退屈につかまる。スカイツリーと雷門に感動したあとだから、よけい退屈に感じられるのだ。さて何をして退屈を紛らわせるか。歩道の応援旗や、前を走る人たちのTシャツを眺めることにした。

 応援旗はなかなかおもしろく、「○○社長がんばれ」の旗がいくつもあり、応援客が多いのを見ると、会社ぐるみで応援にかり出されているのだなと思うし、「宏、完走を目指せ」と手書きの旗を持ってひとり立つ老紳士は、宏くんのおとうさんなんだろうなと感慨深くなる。「敵は自分の怠け心」と書いた旗を持って立っている人もいて、その文字にはぎょっとした。

【次ページ】 なぜ、ポジティブな言葉を書いたTシャツばかりなのか。

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角田光代

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