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<特殊なポジションに魅せられて> GK人生という選択。~西川周作/林彰洋/福藤豊/甲斐昭人~ 

text by

戸塚啓

戸塚啓Kei Totsuka

PROFILE

photograph byAtsushi Hashimoto

posted2013/01/21 06:00

サッカーでは手を、ハンドボールでは足をただ一人使い、
残忍なシュートの雨にも負けず、ゴールマウスを死守する。
そんな異質で過酷で孤独なポジションを選んだ彼らには、
フィールドプレーヤーが知らない“特別な喜び”があった。

 あの瞬間が人生の岐路だったと、通り過ぎたあとで気づくことがある。気軽な気持ちで踏み出した歩幅の短い一歩も、振り返れば大きな選択になることがある。

西川周作 Shusaku Nishikawa
1986年6月18日、大分県生まれ。大分トリニータの下部組織を経て、'05年J1初出場。'10年サンフレッチェ広島へ移籍し、昨年クラブ史上初のJ1優勝に貢献、リーグベストイレブンに。'09年フル代表デビュー。183cm、81kg。

 およそどんな競技でも、ゴールキーパーは子どもが奪い合うポジションではない。サッカー日本代表のGK西川周作も、フィールドプレーヤーとして夢を描いていた。小学4年の練習試合でレギュラーが欠場し、代理を任されたのが初めてのGK体験である。

「みんなよりひと回り身体が大きかったので、僕がやることになったんでしょうね。身長だけでなく、横幅もありましたから。腕白相撲に出るぐらいにパンパンでした」

 右サイドバックだった太っちょの少年は、この日からGKが定位置になる。だが、三浦知良に憧れる彼の気持ちは曇りがちだった。

「最初はやっぱり、嫌でしたねぇ。土のグラウンドで飛ぶと痛いし、失点したらGKのせいって言われがちだし。ゴールを取られるんじゃなくて、自分が取りたいですしねぇ」

林彰洋は、試合に出るためにGKを選んだが……。

 大分県の練習場で西川が複雑な感情を抱いていた頃、林彰洋は東京都のグラウンドでGKとしての第一歩を踏み出す。西川より学年が一つ下の彼は、小学3年生だった。のちに2人は日本代表で共闘することになる。

「オレのサッカークラブは同学年が少なくて、ひとつ上の4年生に混ざって練習や試合をすることになったんです。どこかに出られるポジションはないかなと思っていたら、手薄なGKというポジションがピカリと光った!」

 なかなかの洞察力である。ところが、林の鋭敏な思考回路には、残念ながら警報機が組み込まれていなかった。当時から大きかった身体は、瞬く間に失望の色に染まってしまう。

「キーパー練習が面白そうで、やってみたらコーチに『いいぞ』と褒められて、その日の試合でいきなり使われました。小心者だったから、1点取られただけで気持ちがどん底へ落ちて。全失点がオレのせいで惨敗です」

<次ページへ続く>

【次ページ】 フィールドプレーヤーへの思いを捨てきれなかった林。

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