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<箱根駅伝> つながらなかった襷。~悲劇のランナーたちのその後を追う~ 

text by

小堀隆司

小堀隆司Takashi Kohori

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photograph byYuko Torisu

posted2013/01/01 08:00

<箱根駅伝> つながらなかった襷。~悲劇のランナーたちのその後を追う~<Number Web> photograph by Yuko Torisu

元祖・山の神の存在と過度なプレッシャー。

 順天堂大は当時、連覇を狙う立場にあった。前年は山の神、今井正人が5区で3年連続の区間新記録を打ち立て、往路でほぼ勝負を決めている。後を託された小野が見えない重圧を感じてもムリはないだろう。さらにはこの年、主将の松岡佑起が故障により出遅れ。3年生ながら、エースの役割を担っていた。

 リタイアを責める者は誰もいなかったが、いやでも負い目を感じた。

――立ち直る切っ掛けは何だったんですか。

「色々経験して……。やっぱ徐々にですね。今が最悪だと思っても、ずっとその状況が続くわけじゃない。調子が上向く確率の方が圧倒的に高いんだって。自分の中でそう割り切れるようになったのは大きかったです」

「箱根で分かち合う喜びはひとしおでした」

 その“色々”には、箱根でのリベンジと、実業団で掴んだ会心の勝利も含まれている。翌年、小野は再び5区にエントリーし、歴代6位のタイムで区間2位と好走した。日清食品グループに入って1年目は故障がちのシーズンを送りながらも、元旦の「ニューイヤー駅伝」ではアンカーを任され、チーム初の優勝を決めるゴールテープも切っている。

 大学2年で経験した箱根駅伝の優勝と、社会人で勝ち取った駅伝のビッグタイトル。はたして、印象深いのはどちらだろう。

「正直、自分でゴールテープも切りましたけど、感動は箱根の方が上です。日清食品がすでに完成された選手の集まりだとしたら、大学生はまだ発展途上。知識も経験も浅く、どうやったら上に行けるかと一生懸命考えながらやっていた集団で、だからですかね、みなで分かちあう喜びはひとしおでした」

 練習終わりのスイカが甘いように、青春時代の足踏みは挫折であってそうではないのだろう。「途中棄権はその後の糧に?」と問うと、中村と徳本は「もちろん」と頷いた。

 小野もまた、即答だった。

「大学3年生の絶好調の時と今の自分を比べて、もしかしたら速いのは当時かもしれない。でも、どっちが強いかと言えば、間違いなく今だと言えます。やっぱりあの経験があったからこそ強くなれた。挫折はあっても、その後をまた頑張れば、栄光って掴めるんです」

 いつか、夢に見るオリンピックの舞台にも立てるだろうか――。記憶だけでなく、記録にも残るランナーを目指して、小野は今も、途切れた襷を“明日へ”つなぎ続けている。

中村祐二(Yuji Nakamura)

'70年4月29日、熊本県生まれ。球磨農業高を卒業後、社会人を経て山梨学院に入学。箱根4年間の成績は3区1位、1区1位、4区途中棄権、2区1位。3年時はマラソンで世界選手権に出場。

徳本一善(Kazuyoshi Tokumoto)

'79年6月22日、広島県生まれ。沼田高卒業後、法政大へ入学。箱根4年間の成績は1区10位、1区1位、2区1位、2区途中棄権。日清食品Gでも日本選手権の5000m連覇など活躍した。

小野裕幸(Hiroyuki Ono)

'86年10月3日、群馬県生まれ。前橋育英高卒業後、順天堂大に入学。箱根の成績は7区2位、2区12位、5区途中棄権、5区2位。現在は日清食品Gに所属し、ニューイヤー駅伝等で活躍中。

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