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背中が見えなくなる前に。
~伸び悩む日本の女子マラソン~ 

text by

小川勝

小川勝Masaru Ogawa

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photograph byKyodo News

posted2012/12/29 08:00

背中が見えなくなる前に。~伸び悩む日本の女子マラソン~<Number Web> photograph by Kyodo News

横浜国際女子マラソン。15kmの給水所付近で先頭集団から飛び出したリディア・チェロメイ(写真右)は、そのまま独走でゴール。那須川瑞穂は、2位でゴールしたが、世界選手権代表の自動内定ラインには届かなかった。

 来年の世界陸上選手権モスクワ大会に向けた女子マラソンの代表選考レース、横浜国際女子マラソンが11月18日、行なわれた。優勝したのはケニアのリディア・チェロメイでタイムは大会新記録の2時間23分07秒。日本陸連は「2時間23分59秒以内で日本人1位」なら世界選手権代表に自動内定と決めていたが、日本人トップとなった2位・那須川瑞穂のタイムは2時間26分42秒で、条件を満たす内定者は出なかった。ロンドン五輪後、最初の選考レースだっただけに日本陸連の関係者も期待していたが、残念ながら満足すべき結果にはならなかった。

世界の強豪国から後退したことを象徴する、ロンドンでの成績。

 振り返って見れば、'00年のシドニー五輪では高橋尚子が金メダル、山口衛里が7位、市橋有里が15位。'04年のアテネ五輪では野口みずきが金メダル、土佐礼子が5位、坂本直子が7位。オリンピック2大会連続の金メダルというだけでなく、日本の女子マラソンは、代表3人の総合的なレベルという点でも、世界の最高峰に君臨していた。

 しかし'08年の北京五輪の時、野口みずきが故障で出場辞退、土佐礼子が途中棄権、中村友梨香が13位。そして'12年のロンドン五輪では木﨑良子が16位、尾崎好美が19位、重友梨佐が79位に終わった。日本が世界の強豪国から後退し始めたことは間違いない。

 なぜ、これほど世界のトップと距離が開いてしまったのか。これには、世界のトップレベルが上がっていく一方で、日本のレベルは下がっていったという、両方の面がありそうだ。

アフリカ勢の層が厚くなって、トップレベルが押し上げられた。

 例えばアテネ五輪の翌年、'05年の世界ランキングを見ると、トップ15の中に日本人選手は野口みずき、小﨑まり、原裕美子、大島めぐみ、高橋尚子と5人も入っている。同じトップ15の中にアフリカ勢は4人(ケニア3人、エチオピア1人)しかいなかった。

 一方、'12年の世界ランキングを見ると、トップ15は全員がアフリカ勢(ケニア7人、エチオピア8人)だ。日本勢の最上位は重友梨佐で25位。タイムを見ても、'05年に2時間20分を切っていたのは1位のポーラ・ラドクリフと2位の野口みずきだけだったが、'12年は6人が20分を切っている。この7年の間に、アフリカ勢の層が厚くなって、世界のトップレベルをずっと高いものに押し上げたわけだ。

【次ページ】 北京後の選考レースで、2時間22分以内が一度もない!

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