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7年ぶりの古巣復帰へ。
寺原隼人の誓い。
~今度こそ、九州で骨を埋めて~ 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

PROFILE

photograph byKYODO

posted2012/12/17 06:00

ソフトバンクとの交渉に臨んだ寺原。秋山幸二監督も「層が厚くなるのは嬉しいね」と語る。

ソフトバンクとの交渉に臨んだ寺原。秋山幸二監督も「層が厚くなるのは嬉しいね」と語る。

 オリックスから国内フリーエージェント宣言した寺原隼人が、7年ぶりにソフトバンクに復帰する。オリックスとの交渉を終えた11月23日、「僕の中で気持ちは固まっていた。前に進んでいきたい」と決意を語った。

 '02年、ドラフト1位で宮崎・日南学園からダイエーに入団。王貞治監督のもと、1年目に6勝、2年目に7勝を挙げたものの、3年目以降はプロの壁にぶつかり、勝ち星から遠ざかった。'06年オフにトレードされた横浜で、工藤公康や三浦大輔と出会ったことが転機となる。

「ホークス時代は、“甲子園最速投手”という意識から抜け出せなかった。速い球を力いっぱい投げるだけがピッチャーではない、ということにようやく気が付いた」

 ピッチングの幅を広げた寺原は、横浜移籍1年目に自身初の二桁勝利を挙げた。

 '10年オフには、右の本格派が必要だったオリックスに乞われて移籍。恨み言ひとつこぼさず、新天地に向かった。そして「好きだからこそ勝ちたかった」と登板した'11年4月13日のソフトバンク戦で見事、完封勝利。この年12勝と存在感を示した。

「地元に戻って頑張るのが一番いい」と、王会長からのラブコール。

 着実に成長を遂げてきたかつての愛弟子に、ソフトバンクの王会長は、熱い視線を送っていた。

「可愛い子には旅をさせろじゃないが、いずれは呼び戻すつもりだった。九州で生まれた人間は、地元に戻って頑張るのが一番いいのではないか」

 と語り、背番号11を用意したことを明かしている。

「自分も九州の人間です。ドラフト1位で入団しながら、ホークスでは、自分のいい姿を見せられなかった。申し訳なかったと思っています」

 寺原自身も、古巣への熱い思いを隠さない。ただ、転居を伴う移籍について“辛い思い出”もあるという。

 横浜からオリックスにトレードになった際、幼い長女に“せっかく友達が出来たのに”と泣かれたことがあった。今回の福岡行きにも、「嫁さんは喜んでくれたけど、長男にはまた泣かれました」という。

 子供たちを泣かせたくない――。そんな気持ちからこう誓っている。「再スタートを切る福岡に骨を埋めたい」と。

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