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長谷部誠 「チームを変える自信はある」 ~ドイツで発見した日本の武器~ 

text by

寺野典子

寺野典子Noriko Terano

PROFILE

photograph byMasashi Adachi/Tomoko Nagakawa

posted2010/06/13 08:00

ドイツでの2年半で強靭なフィジカルを手に入れ、もともと持っていたドリブルやパスのセンス、そしてメンタルの強さに、さらに磨きをかけた。
不動の中心選手に成長したボランチが抱く代表の現状に対する本音、そして
W杯への思いとは――。

 5月1日ブンデスリーガ、ドルトムント対ヴォルフスブルク。ボールがタッチを割ると、長谷部誠はすかさずチームメイトの元へ走り言葉をかけた。その口調の強さは、スタンド最上階のプレス席からでもはっきりと分かるほどだった。

「前半は自分たちのリズムで試合が進められなかった。ゴールを決めたい前線の選手はパスが来ないことに苛立って、守備をしなくなっていた。そういうことを直していかないと、チームとして戦えないんです」

 長谷部はこの日先制点をアシスト。試合は引き分けで終わったが、上位進出を狙うドルトムントの8万人近いサポーターを落胆させるには十分な仕事だった。

 シグナル・イドゥナ・パルクで、奮闘する日本人の姿はとても頼もしく見えた。4年前、同じスタジアムで日本代表はブラジルを前になす術なく散ったが、そのときのピッチに長谷部の姿はなかった。'06年2月のアメリカ遠征で代表デビューを飾っていたが、「W杯メンバーに入れる可能性はないと思っていた。まだまだそのレベルじゃないことは、僕自身が一番分かっていた」と振り返る。

 4年経った今、長谷部は日本代表に欠かせない中心選手となった。W杯南アフリカ大会で、日本代表にもっとも大きなプラスアルファをもたらしてくれるのは、この進境著しいボランチではないだろうか。

ボカと戦って自分のサッカーに対する甘さを思い知る。

 長谷部は'02年に浦和レッズへ入団すると、2年目にはレギュラーに定着した。その後も毎年のように補強されるライバルたちからポジションを守り、ナビスコカップ、天皇杯、Jリーグ、AFCチャンピオンズリーグとすべてのタイトルを獲得。しかし満足はできなかった。

「'04年の夏にボカ・ジュニアーズと対戦したとき、相手の球際の強さや『ここで活躍して上のクラブへ移籍する』という貪欲さに触れて、自分のサッカーに対する甘さを感じたんです」

 ビッグクラブと対戦するだけで浮かれていた自分に、怒りすら抱いた。このとき初めて海外移籍を意識する。結局、Jリーグでの戦いだけでは「停滞してしまう」と悟り、'08年、ドイツへ渡った。ヴォルフスブルク移籍後は1年目から試合出場を重ね、'08-'09シーズンのリーグ優勝に大きく貢献した。

 ドイツで過ごしたこの2年半、あらゆる面で日本と世界とのギャップを思い知らされてきた。

「ドイツで、日々W杯に出るような選手たちと練習や試合をすることで、世界との距離もつかめてきた。日本で考えていた以上に距離が近いと感じることもあるし、同時にまだまだ日本の小ささを痛感することもあります。たとえばJリーグではちょっとした接触でもファウルになるでしょう? 選手を守るという意味があったり、規定通りの判定なのかもしれないけれど、こっちではもっと激しい」

<次ページに続く>

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