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ブンデスで働く日本人、瀬田元吾。
広告獲得の次に抱く“選手発掘”の夢。 

text by

木崎伸也

木崎伸也Shinya Kizaki

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photograph byHitachi Europe

posted2012/08/28 10:31

ブンデスで働く日本人、瀬田元吾。広告獲得の次に抱く“選手発掘”の夢。<Number Web> photograph by Hitachi Europe

フォルトナ・デュッセルドルフと日立とのスポンサー契約の発表会見。真ん中に座っているのが瀬田元吾氏。先日、『ドイツサッカーを観に行こう! ブンデスリーガ×ドイツ語』(三修社)を上梓した。

「自分の存在が、日本人がブンデスリーガのクラブで
働く流れを作れたら嬉しいです」
瀬田元吾 (フォルトナ・デュッセルドルフ勤務)

 おそらくこれは日本サッカー界にとって、初めてのことではないだろうか。

 2012年8月10日、ブンデスリーガ1部に昇格したフォルトナ・デュッセルドルフは、日立製作所の欧州現地法人『日立ヨーロッパ』とスポンサー契約を結ぶことを発表した。契約期間は3年。スタジアム内に同社の看板が設置される。

 この案件をまとめたのが、フォルトナの“日本デスク”(クラブ内の部署のひとつ)で働く瀬田元吾だ。

 過去にも欧州クラブのフロントで働いた日本人はいたが、これだけ大きな利益をもたらしたことはないだろう。発表会見において、フォルトナのペーター・フリムト会長は誇らしげに言った。

「地道な日本人スタッフの活動が、スポンサー契約という大きな実をもたらした。ゲンゴの働きに賛辞を送りたい」

ブンデスに日本人ブームが到来する前から地道な活動を続けた瀬田。

 そもそも瀬田がフォルトナで働き始めたのは2008年、まだクラブがドイツ3部にいたときのことだ。瀬田自身がフォルトナのセカンドチームでプレーした経験があり、元会長の橋渡しで、研修生としてクラブにもぐりこむことができた。

 とはいえ、ブンデスリーガに日本人ブームが到来する前のことで、同僚から信頼を得るのは簡単ではなかった。いったい日本人に何ができるのか、と。だが、瀬田は日本語のクラブ会報誌『フォルトナ通信』を、執筆から編集まで手がけて発行。デュッセルドルフの日本人社会に対して、クラブ会員になってくれるように呼びかけ続けた。さらなる普及活動の一貫として、日本語のHPも開設した。

 また、フォルトナは『インフロント』というスポーツ・コンサルタント会社にマネージメントを委託しており、約1年前から瀬田は『インフロント』とともに日本企業に営業を行なってきた。

 昨季の日本人のクラブ会員は数10人程度で、フォルトナに大きな利益をもたらしていたわけではない。ただ、少しずつネットワークが広がり、日本企業の人たちにクラブの存在を知ってもらっているという手応えを掴んでいた。

【次ページ】 日立から、スポンサー契約に関する問い合わせが。

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