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<金メダルへの自己改造> 松田丈志 「怪物フェルプスを超えろ」 

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忠鉢信一(朝日新聞記者)

忠鉢信一(朝日新聞記者)Shinichi Chubachi

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photograph byTamon Matsuzono

posted2012/07/04 06:01

<金メダルへの自己改造> 松田丈志 「怪物フェルプスを超えろ」<Number Web> photograph by Tamon Matsuzono

ロクテとの練習で習得した、強いドルフィンキック。

 松田は9月から10月にかけて米国のフロリダ州立大学でライアン・ロクテと一緒に練習した。その成果であることは間違いない。変わったのは技術か、それとも意識か。しかし松田はそのどちらだとも明確に言わなかった。プールサイドでもう一度声をかけ、水中の速さをどう感じているのかと聞くと、松田がつかんでいる感触に近づくことができた。

「以前の僕は、『水中の速さ』がどういうものかよくわからなかったんです。僕は骨太で足首も太い。足だって大きくありません。こういう体型はドルフィンキックには不利だと言われています。先天的なことでドルフィンキックの速さは決まってしまうのかなと思っていました。でもロクテのところに行って、強い強度の筋力トレーニングや質量ともにレベルの高い練習をやって、ドルフィンキックの足を強く振れるようになりました。足を強く振れるようになったら、足の甲や足の裏で感じられる水の感触も変わってきたんです。今は水を蹴ったときの足の感覚が以前とは全然違います。パワーをつけてドルフィンキックを強く蹴れるようになったことで、泳ぎの感覚も研ぎ澄まされてきたんです」

 ロクテは松田と同じ27歳。松田が課題にしているドルフィンキックが得意で、松田がこれまで何度挑んでも勝てなかったフェルプスを、この夏の世界選手権の200m自由形と200m個人メドレーで破った。

 松田にも自らの泳ぎの理論があり、コーチの久世も松田の泳ぎを知り尽くしているのだから、いくらロクテがすぐれたスイマーであっても、自分には自分にあったやり方がある、と考えてもおかしくはない。

 これまでにも苦手のドルフィンキックを強化するため、腰回りのいわゆる「体幹」の筋肉を重点的に鍛えてきた。肋骨一本ずつのすき間を一つの関節ととらえ、腰からではなく、胸から足先までをうねらせるイメージで技術を磨いた。その結果が、この夏の世界選手権で銀メダルに実った。

松田が受けた衝撃。1回の練習量の差は1000~2000m。

 しかしそれでもフェルプスには勝てていないという事実を、松田は正面から受け止めている。だから、持論にこだわらず、ロクテに学ぼうというアイデアを行動に移した。

「自分の考えはある程度あるけれど、それで世界一になれたわけじゃありませんから。世界一まで行けてないってことは、自分の知らないことがまだたくさんあるということだと思います。泳ぎに対する自分の考えを変えていかない限り、今以上には成長していけないと思うんです」

 実際に練習に参加してみるまで、ロクテの練習について予備知識はほとんどなかったという。行ってみると、ロクテは一つの練習をこれでもかというぐらいに繰り返していた。同行した久世によると「練習量には自信がある松田が、『まだやるのか』という顔をしていた」という。

 1回の練習はおよそ8000mで1万m以上になることもある。それが1日2回、週に6日間。それに加え、ロクテは休日にも筋力トレーニングをすることがあった。日本のトップスイマーの中では練習量が多いと言われる松田と比べても1回の練習量が1000~2000m多かった。

【次ページ】 技術面の差ではなく、しつこい練習こそ速さの秘訣。

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