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<CL連覇に挑んだ王者たち> ユベントス 「デル・ピエーロがもたらした3年連続決勝進出の快挙」 

text by

宮崎隆司

宮崎隆司Takashi Miyazaki

PROFILE

photograph byShinji Akagi

posted2012/05/02 06:00

セリエAの盟主たるべく、天才バッジョを放出しトリノの名門は華麗なる
サッカーと決別した。為すべきは、タフで泥臭いひたむきなサッカーだ。
監督リッピとGMモッジ、2人の大胆なプランの下、勝者に変貌した
クラブの組織改革の肝要を探る。

 1996年3月20日。ユベントスはトリノのスタディオ・デッレ・アルピにレアル・マドリーを迎え、CL準々決勝セカンドレグの戦いに臨もうとしていた。

 ファーストレグはラウール・ゴンサレスにゴールを奪われ0-1の敗戦。だが、敗れたとはいえ互角以上の内容で渡り合えたことで、ユベントスの選手たちは戦前には持ち得なかった自信を得ていた。

 前半16分、ペナルティエリアのすぐ外で得たFKをデル・ピエーロが直接ゴールに蹴りこみ、ユベントスは絶対に欲しかった先制点を奪う。直後にマドリーの反撃が開始されたが、ユベントスの選手たちは勤勉にプレスをかけ続け、マドリーの攻撃を凌いでいく。後半8分にはパドバーノの追加点で2-0。その後さらに激しさを増したマドリーの猛攻を耐え抜き、試合終了直前の絶体絶命のピンチも凌いで、ユベントスは遂に試合終了のホイッスルを聞いた。

 前年にロベルト・バッジョを放出し“10番”に頼らないサッカーを模索していたユベントスにとって、目指す方向性に確信を抱かせ、その後のタイトルラッシュへの転機となる勝利であった。

華やかなイメージのチームを貫いていたのは、泥臭い信念だった。

ビッグイヤーを獲得した'96年、トヨタカップで南米代表リバープレート(アルゼンチン)を1-0と破り、世界一に輝いた。 

「試合を終えた後、すべての選手のユニフォームが酷く汚れている。ユニフォームには土の茶と芝の緑が汗にまみれて染みこみ、白はもはや白くない。なかには肩や背中のあたりがボロボロに引き裂かれている者もいる。選手は常に全力を尽くして戦ってくれた。

 試合前のロッカールームで私がいつも選手に言っていたのは、『敵を押しつぶせ』というひと言だ。たとえ技術で劣ろうと、気迫では負けない。そんな戦い方を、相手がレアルでも、イタリアの田舎クラブでも変えることはなかった」

 '94年に監督に就任し、'95-'96シーズンから3年連続でチームをCL決勝進出に導いた名将マルチェロ・リッピは、当時のユベントスの強さの理由を「気迫」と表現する。デル・ピエーロにデシャン、ジダン、インザーギ。当時のユベントスといえば華やかなイメージばかりが脳裏に浮かぶが、チームを貫いていたのは、ひたすらに走って敵を圧倒するという泥臭い信念だったのだ。

 ユベントスはなぜ稀代のファンタジスタを放出してまで、泥臭いサッカーを目指したのだろうか。

<次ページへ続く>

【次ページ】 “イタリアの至宝”バッジョの力は抜きんでていたが……。

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