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M・シューマッハー 「走る快楽に憑かれた男」 ~4年ぶりのF1復帰で見えてきたもの~ 

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西山平夫

西山平夫Hirao Nishiyama

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photograph byMamoru Atsuta

posted2010/04/29 08:00

M・シューマッハー 「走る快楽に憑かれた男」 ~4年ぶりのF1復帰で見えてきたもの~<Number Web> photograph by Mamoru Atsuta
 91度の優勝、7度の世界王者。あらゆる栄光を手にしても、この男が充たされることはなかった。引退後もレースへの情熱は激しさを増すばかりで、不惑にしてついにサーキットに戻ってきた。
  往年の正確無比なドライビング、そして貪欲なまでの勝利への執念を、再び見られるのだろうか。

 3月12日、今シーズン開幕戦となるバーレーンGPの金曜日午前の試走が終わった後、ミハエル・シューマッハーは、メルセデスGPチームを担当するタイヤエンジニアのジェレミィに、「荷物をまとめて帰ろうかな」と不機嫌そうにつぶやいた。前日の定例記者会見で「2勝しているこのコースはどう?」と質問され、「3勝目を狙うよ」と笑みを浮かべてさらりと受け流した男が、翌日は表情を一変させてしまったのだ。

 初セッションの結果は10位。4年ぶりの走りにしては立派なものだと思うが、若きチームメイトのニコ・ロズベルグに0.4秒差をつけられたのが不満だったのか。速ければ素直に喜び、遅ければ不機嫌さを隠さぬ、直情的な性格は昔と少しも変わっていなかった。

 その後の試走は3位、4位と悪くなく、公式予選は7位で終える。「4年もF1から離れていたのに、この結果を出せて満足だ。偶然にもデビューした時と同じポジションだね」と、少し余裕を取り戻していた。

4年ぶりの開幕戦、レース勘はまだ戻っていなかった。

 通算251戦目となった決勝は、予選からワンポジション上げて6位でフィニッシュ。しかしここでもロズベルグに後れを取り、サプライズは起こせなかった。決勝後、取材陣の関心はもっぱらフェラーリ移籍後の緒戦を飾ったフェルナンド・アロンソに集中しており、開幕前に大騒ぎされたシューマッハーの存在は、どこかに霞んでしまっていた。

「予選からひとつ順位を上げたのは大したものだと思ったけど、バーレーンのマイケルは不機嫌だったね。彼はただ走るだけじゃ満足できない。常にトップに立っていたいんだよ」

 そう評すのは、ブリヂストンのMS・MCタイヤ開発本部長、浜島裕英である。かつてはグッドイヤー陣営のエースだったシューマッハーと戦い、ミシュランが参戦して来てからは自陣のエースとして共闘してきた。シューマッハーとは長年、公私にわたり付き合いがあり、深い信頼関係を築いている。

「開幕2週間前のバルセロナ・テストで久しぶりに見たマイケルは、コクピットの中でジッと動かず、クルマからなかなか降りない。全盛時代と同じだな、と思った。20周のロングランを3本やってもへばらなかったから、レースも大丈夫だろう。あとは一撃の速さはどうかな? と思っていたけど、予選は伸び盛りのロズベルグにやはり負けてたね」

 確かにオープニングラップの4コーナーで体勢を乱したルイス・ハミルトンを、ロズベルグは瞬時にかわしたが、シューマッハーは抜き切れなかった。浜島はさらに、終盤のラップタイムに乱れがあった点を指摘する。

「29周目あたりから、前にクルマがいない状態では本来右肩上がりであるべきラップタイムの凸凹が大きくなっている。昔のマイケルだったらこんなことはなかった。クルマか自分か、何かを試していたのかもしれない。開幕戦はまだレース勘が戻っていなかったね」

 これから場数を踏むうちに、かつて“精密機械”、さらには“帝王”とまで称された、あの憎らしいまでの強さは果たして甦ってくるのだろうか――。

【次ページ】 不可解な引退の真相はなんだったのか?

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