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<Jリーグ20年記念> イビチャ・オシム 「今、解き明かされる『走る』ことの真の意味」~2005年:ジェフ千葉の変革~ 

text by

田村修一

田村修一Shuichi Tamura

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photograph byKai Sawabe

posted2012/03/02 06:00

<Jリーグ20年記念> イビチャ・オシム 「今、解き明かされる『走る』ことの真の意味」~2005年:ジェフ千葉の変革~<Number Web> photograph by Kai Sawabe
Jリーグが20年目を迎えた。
リーグがこの20年で見せた発展の背景には、来日した世界的なスター選手や名将、類稀な能力を持った日本人選手たちの尽力があった。節目の年、改めて彼らの足跡を辿った。


ウェブでは、Number798号「<Jリーグ20年記念> 歴史を動かした20人。」
から、イビチャ・オシムとジェフ千葉の物語を一部公開。選手、スタッフとしてオシムの薫陶を受けた阿部、羽生、江尻、そしてオシム本人への取材を通じ、オシムがもたらした変革の本当の意図を明らかにする。

「教祖だって妻は言うんですよ(笑)」

 あなたにとってイビチャ・オシムは? との問いに、羽生直剛は少し考えた後でそう答えた。現在、FC東京でプレーする彼は、ジェフ千葉でオシムに育てられたいわゆるオシム・チルドレンのひとりである。

「教祖という言葉は宗教がかって違和感もあるけど、サッカーの話をしながら、人生も一緒なんだって調子に乗ってしゃべると、『それオシムさんが言ったんでしょ』と言われる。プロ意識から何からすべてを叩き込んでくれた人ですから、それだけ僕には大きかった」

オシム監督の下、21歳でキャプテンに抜擢された阿部勇樹。1月、イングランド2部のレスターから浦和に復帰

 また今季、レスターから浦和レッズに復帰を果たした阿部勇樹は、「僕にとってはずっと監督です」と言う。

「自分のすべてを変えてくれた監督。今でも会ったら監督って呼んじゃいそうだし、こんなプレーをしていたらオシムさんに怒鳴られるんだろうなという思いが常にあります」

 ジェフでオシムのアシスタントコーチを務め、現在はU-16日本代表のコーチである江尻篤彦は、「68m×105mというピッチの規格のように、何があっても変わらない真理のような存在」とオシムを評する。

「これからもサッカーは進化していくけど、彼に教わったものはその進化のベースに必ずあるのだろうと思います」

 彼らにこうも言わしめるほどの影響を残したオシムは、ジェフで一体何をしたのか。彼がJリーグで成し遂げたことの意義は、どこにあったのだろうか。

一大センセーションを巻き起こした「走るサッカー」。

 '03年のJリーグ・ファーストステージ。オシムを新監督に迎えたジェフは、いきなり優勝争いを演じた。前年は総合7位。それまでも2ケタ順位が当たり前で、過去に指揮を執ったズデンコ・ベルデニックやジョゼフ・ベングロシュら名将たちも、ここまで即効的な効果は上げられなかった。だが以降3年間、オシムの下でジェフは優勝争いの常連になる。

 結果以上にプレーそのものが衝撃的だった。選手が縦横無尽にピッチを動き回り、獲物を狙う猟犬のようにゴール前に次々と現れるスタイルは、「走るサッカー」と呼ばれ一大センセーションを巻き起こした。

 さらに、常に考えることを強いる、複雑で密度の高い練習。のちに「オシム語録」と言われるようになる、シニカルでアイロニカルな独特の物言い……。

「それまでの監督とはすべてが違っていて、衝撃的でした」と羽生は告白する。

「体の大きな人というのが第一印象で、厳しい監督だとは、当時チームにいたミリノビッチから聞いていました。選手と距離を置くタイプなのかなと」と阿部も言う。

【次ページ】 当時プロ2年目の羽生が回想するオシムの練習法。

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