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悩んだ末にヤンキースへ。
黒田博樹、決断の理由。
~広島への思いとの狭間で~ 

text by

四竈衛

四竈衛Mamoru Shikama

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photograph byYukihito Taguchi

posted2012/01/28 08:00

悩んだ末にヤンキースへ。黒田博樹、決断の理由。~広島への思いとの狭間で~<Number Web> photograph by Yukihito Taguchi

ヤンキースのキャッシュマンGMは防御率3点台前半の安定感を高く評価しているという

 ドジャースからFA(フリーエージェント)となっていた黒田博樹が、ヤンキースと1年契約で合意した。1000万ドル(約7億7千万円)の高額契約と報道された通り、先発右腕の一角として高く評価された結果となった。

 もっとも、黒田にとっては、悩み抜いた末の決断だった。契約切れとなった昨年、公式戦が終了した時点では、古巣・広島カープへの復帰にも大きく傾いていた。愛着のあるドジャースは経営難が発覚し、球団売却が進むなど、高額年俸の黒田を引き留められない状況。広島へ復帰するのか、それともメジャーの他球団へ移籍するのか。越年してまで各球団の動向を見守っていたのも、メジャーでやり残したことが、頭から消えなかったからだった。

 メジャー4年目の昨季、黒田は最高の状態で公式戦開幕を迎えた。ところが、得点力不足のドジャース打線との歯車が合わず、好投しても勝ち星から見放される試合の連続だった。自ら「どうしたらいいのか分からない。ある意味でパニックになっています」とこぼしたほど、メンタル面で苦しんだ。

広島への「恩返し」と、アスリートとしての「夢」の間で。

 その一方で、メジャー他球団の黒田評価は特Aクラスだった。7月末のトレード期限前には、有力球団が続々と黒田獲得に参戦。最終的に黒田自身が全球団に対して持つ「ノートレード条項(トレード拒否権)」を行使してドジャースに残留した。結局、自身初となる200投球回数(202回)もクリアし、13勝16敗、防御率3.07という成績を残したものの、チームはプレーオフ進出を逃し、すっきりしないまま、オフを迎えた。

 今回、黒田が選択の条件としたのは「世界一を狙える」の1点だけだった。「体が衰えてからではなく、体が元気なうちに戻って広島に恩返しをしたい」との思いを持ち続ける一方、野球選手にとって最高の舞台・ワールドシリーズで投げる夢をあきらめたくなかった。

 ヤンキースでは、左腕サバシアに続く先発2番手として期待され、重圧も大きい。「投高打低」のナ・リーグ西地区から、レッドソックスなど強力打線が並ぶア・リーグ東地区への移籍は、決して楽な道ではない。それでも、より高い壁に立ち向かうことを選択した黒田の気概こそ、アスリートの原点なのかもしれない。

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