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冬の花園で確かめた、
宮城と大阪の“絆”。
~震災とラガーマンたちの成長~ 

text by

大友信彦

大友信彦Nobuhiko Otomo

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photograph byNobuhiko Otomo

posted2012/01/15 08:00

仙台育英は1回戦で沖縄代表のコザを50対12で破るも、強豪・常翔を前に16強進出ならず

仙台育英は1回戦で沖縄代表のコザを50対12で破るも、強豪・常翔を前に16強進出ならず

「最後にこの場所で、この相手と戦えて良かったですよ」

 12月30日。冷たい北風が吹き付ける花園ラグビー場の第3グラウンドで、宮城代表・仙台育英の丹野博太監督は、遠くを見るような目で言った。全国高校ラグビー2回戦、ノーシードから勝ち上がった仙台育英は、Aシードの大阪代表、常翔学園と対戦した。

 震災の混乱がまだ収まらなかった4月、ラグビー仲間に声をかけて集めた義捐金やラグビー用品を届けてくれたのが、全国優勝4回の名門・常翔学園(旧大阪工大高)だった。9月にはチーム総出で大阪から遠路仙台まで訪れ、復興支援試合も行なわれた。そのとき届けられた「がんばれ!」のメッセージ入りTシャツは、花園を目指す仙台育英ラガーメンの練習着となって汗を吸い込んだ。

「震災の直後から『がんばりや』と言ってもらって、ここまでくることができた。感謝してます」(丹野)

「ラグビーを続けられる以上(東北を)背負わなければいけない」

 花園に向けて新調したジャージーの背中には「東北魂 全国の友にありがとう」のメッセージを入れた。

「今年の花園は、東北の皆さんの気持ちを背負った、特別の年ですから」

 CTB佐々木健太主将は、ジャージーに文字を入れた理由をそう明かした。自身を含め、先発15人のうち6人が、津波で大きな被害を受けた亘理町の出身。家を失った部員もいた。部活動も学校も休止状態だった1カ月半の間は、汚泥除去のボランティアに打ち込んだ。花園入り後も、被災地の代表として取材を受け、コメントを求められた。

「戸惑いはなかったです。震災の直後は迷いや焦りもあったけど、ラグビーを続けられる以上(東北を)背負わなければいけないと思っていました」

 常翔学園戦は41対9の完敗だった。それでも最後まで「笑顔だ笑顔」と声を出し続けた佐々木の振る舞いに、丹野監督は「人間が大きくなった」と唸った。

「もちろん大変な年だったけど、考えさせられることがいっぱいあって、自分もチームも強くなれた。それに、みんな自由なタイプだった部員たちが、震災のあとは協力的になってくれました(笑)」

 2011年。震災は大切なものを奪っただけではないのだ――。冬芝を駆けた逞しい若者たちの姿に、胸が熱くなった。

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