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<五輪代表連続インタビュー#4> MF・山田直輝 「まったく納得はしていません」 

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佐藤俊

佐藤俊Shun Sato

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photograph byToshiya Kondo

posted2011/12/28 10:32

<五輪代表連続インタビュー#4> MF・山田直輝 「まったく納得はしていません」<Number Web> photograph by Toshiya Kondo

11月下旬のシリア戦で大いに活躍した山田。「僕自身はまだすごくギャップを感じている。もう少し時間を使って試合に出られれば、もっともっと良いパフォーマンスになると思う」と試合後に語った

2011年は、山田直輝にとって再起をかけたシーズンだった。昨年は右足腓骨を2度も骨折し、わずか3試合の出場に終わった。それだけに今季は期するものがあったが、シーズン前半は怪我で苦しみ、後半はJ1残留争いで心身をすり減らしながらプレーした。

ロンドン五輪を目指すU-22日本代表では、エジプト戦で結果を出したが、最終予選初戦のマレーシア戦は、スタメンはおろか途中出場さえもかなわなかった。いろいろな意味で「いい経験だった」というリーグ戦、そしてU-22代表を振り返ってもらった。

――まずは浦和レッズですが、いつごろからJ2降格がリアルなものになった?

「僕は、山形(第25節)に負けたときぐらいから危ないって感じていましたけど、チームとして本当にヤバイって思ったのは、大宮(第29節)に負けた後ですね」

――危ないと感じた理由は?

「その時期はナビスコも戦っていたんですけど、ナビスコは6試合して6勝していた。でも、リーグ戦では29試合もこなしているのに6勝しかできていなかった。自分のなかでは、それは気持ちの問題だろうと思っていました。ナビスコは負けても失うものがないから思い切り攻撃的に戦えたし、結果も出ていた。だから、Jリーグでもナビスコと同じような気持ちで戦うことができれば、絶対に降格しないと思ったんです。でも、できなかった。Jリーグでは負けてはいけないという思いがどうしても強かったし、勝ち点1でも取らないといけないという戦い方になる。そうなると守備から入らざるをえなくて、ナビスコのときとは全然違うサッカーしていた。1試合1試合にすごいプレッシャーを感じたし、それが試合に出ていた気がします」

――同じ試合なのに、気持ちの持ち方で、そんなに差が出るものなのだろうか。

「僕は、サッカーはメンタルのスポーツだと思っているんですけど、気持ちの持ちようで本当にサッカーが変わってしまう。サッカーは難しいなって改めて思いましたね。僕は、サッカーを楽しむのがポリシーなんですけど、ナビスコはともかく、リーグ戦は楽しめなかったですから……。でも、結果的に残留ができたので、ホッとしています」

「それがいい経験になるかどうかは、今後の自分次第」

――個人の成績(18試合出場1得点)については?

「今年の始め、トレーナーからは『今年はプレーできる体とサッカー勘を取り戻す1年にしたほうがいい』と言われていました。僕はガンガンやるつもりでいたんですけど、甘くなかったですね。最初はスピードにも慣れなかったですし、普段ならもっと周囲が見えてボールタッチもうまくできていたんですけど、できなかった。そのストレスが試合に出るたびにあって、かなりイライラしていました。だから、成績も自分の出来もまったく納得はしていません」

――最終戦では柏の優勝を見せつけられた。

「一昨年の最終戦もそうでしたけど、相手の優勝がかかった厳しい試合をすることができた。目の前で優勝されるのは悔しいですけど、ひとつの経験にはなりましたね。残留争いも含めて、それがいい経験になるかどうかは、今後の自分次第。もっと成長して、5年後ぐらいに、あのときがあったからと言えるようにしたいです」

【次ページ】 代表に招集されてもトップ下には似たタイプの東慶悟が。

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