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<サントスFC、KINGの後継者> ネイマール 「世界最強であることを証明する」 

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竹澤哲

竹澤哲Satoshi Takezawa

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photograph byKeita Yasukawa

posted2011/12/14 06:01

<サントスFC、KINGの後継者> ネイマール 「世界最強であることを証明する」<Number Web> photograph by Keita Yasukawa
南米を制し、クラブワールドカップで世界一に挑むサントスFC。
その中心には、次代のキングと称される1人の天才がいた。
弱冠19歳の若者はブラジル、自らの将来について何を語るのか。

 11月9日、サントスFCの本拠地、ヴィラ・ベルミーロにある記者会見場でネイマールが'14年ブラジルW杯終了までクラブに留まることが発表された。誰もがクラブW杯後にスペインのビッグクラブへ移籍すると思っていただけに、この発表は衝撃的だった。

 40分あまりかけて行なわれた記者会見は、多少演出を感じるものだった。ルイス・アウヴァロ・デ・ヒベイロ会長の会見後、ネイマールは父親と共に現れ会長と抱き合った。登場したネイマールはトレードマークであるヒップホップ風のキャップを斜めにかぶり「イッツ・グッド・トゥー・ビー・ザ・キング」と書かれた黒いTシャツを着ていた。

 まるで今回の決定が、キング・ペレと同じ道を歩む決意を意味していると言わんばかりだ。さらに「11番、ネイマールJr、2014」と書かれたユニフォームをカメラに向けた。

「私にとってこれまで最も幸せな瞬間は6月22日、サントスが48年ぶりにリベルタドーレス杯を獲得した時だった。しかし今日はそれを越える喜びだ」

 会長はネイマールを前にして頬を紅潮させてそう語った。ヨーロッパ移籍を見送ったことをネイマールは次のように説明する。

「僕の目的はバロンドールに選ばれることじゃない。サントスで最高のトーナメントを戦っていくことだ。サントスには世界最高の選手、ペレがいた。また僕が憧れた選手の1人ロビーニョもいた。僕自身もサントスで歴史に残る選手になりたい」

サントスのコーチがネイマールを発見した実に興味深い経緯。

1992年2月5日生まれ。'08年、16歳でサントスFCとプロ契約し、U-17、U-20、A代表と各世代でブラジル代表入り。'11年のリベルタドーレス杯でも自ら6ゴールを記録しサントス優勝の原動力に。174cm、65kg

 翌日、すべての新聞が一面でネイマールの写真を掲載し、会見の模様を詳しく報道した。フォーリャ・ジ・サンパウロ紙は「彼は留まった。キングのように」と見出しをつけた。

 ブラジルの若く優れたクラッキがヨーロッパへ引き抜かれていくのが当たり前の昨今、その流れを変えるようなネイマールのサントス残留は、ブラジルにとってそれほどに歴史的な出来事だったのだ。

 '06年、ネイマールがまだ14歳の時に、本人から話を聞く機会があった。取材でサントスを訪れたところ、ロビーニョを6歳の時から育てたベッチーニョというコーチから、ロビーニョを越えるかも知れない子がいると教えてもらったのだ。

 当時、ネイマールの名前はブラジル国内ではすでに噂になっていた。きっかけは前年にロビーニョとロベルト・カルロスがサンパウロで開催した慈善試合だった。ネイマールの見事なパフォーマンスはテレビでも放映され、一躍ブラジルの人気者となったのだ。

 ベッチーニョがネイマールを発見した経緯は、実に興味深い。ベッチーニョがビーチでサッカーの試合を見ていたら、特設スタンドではしゃぐ子供がいた。

「その子はまるで平らなところを走るように危なげなく、軽快に階段を駆け上っていた。優れたバランス感覚とスピード。私の視線はいつの間にか、サッカーの試合よりもその子に釘付けになっていた」

【次ページ】 将来の夢を聞いたインタビューの録音を聞き直すと……。

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