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女王ウオッカが残した、
強烈なる個性的蹄跡。
~順調なら初仔が3年後デビュー~ 

text by

阿部珠樹

阿部珠樹Tamaki Abe

PROFILE

photograph byHideharu Suga

posted2010/03/25 06:00

女王ウオッカが残した、強烈なる個性的蹄跡。~順調なら初仔が3年後デビュー~<Number Web> photograph by Hideharu Suga

昨年11月、日本牝馬初のジャパンカップ制覇が最後の勝利となった

冬を送る一輪の花身内(みうち)より白きタイルに鼻血おちたり

 この岡部桂一郎の短歌を、競馬と同じくらいボクシングが好きだった寺山修司はボクサーを詠んだものと解釈した。戦い終えたボクサーがシャワールームで下を向いたとき、タイルに滴り落ちた鮮血。「その血の赤さは、さながら一輪の花である」(「現代百人一首」)。

 寺山が生きていたら、ドバイでウオッカの鼻から滴った血も、やはり美しい一輪の花と見たかもしれない。ともかく、「ウオッカの季節」は滴り落ちた血の花に送られて終わった。ほんとうはジャパンカップの勝利のあと、鼻先ににじんだ血を見たとき、われわれはウオッカの季節の終わりに気づくべきだったのだ。

戦後初の“ダービー牝馬”が駆け抜けた未踏の道程。

 走り終えたウオッカには「歴代最強牝馬」とか、「GI7勝の名馬」といったラベルが張られ、陳列ケースに収められようとしている。しかし、こうした月並みほどウオッカにふさわしくないものはない。名馬と呼ばれるような馬は、どれもみな個性を持っているが、ウオッカほど強烈な個性を持ち、ほかの馬と違う道を走りつづけた馬はいない。

 2歳のプリンセスとして断然人気を背負って桜花賞に臨み、ダイワスカーレットに敗れたウオッカはダービーに進路を取った。「普通の」強い牝馬なら、桜花賞の悔しさをオークスで晴らす道を選ぶのに、オークスよりはるかに困難なダービーを選び、そこですべての牡馬を蹴散らして、牝馬として戦後初の勝利を手に入れた。

 3歳での宝塚記念への挑戦、海外遠征、矛先をマイル路線にとっての進撃、そこから再び長距離路線に転換してのジャパンカップ制覇。7つのGIのうち実に5つまでが牡馬との混合GIであり、1600mの安田記念、2000mの天皇賞・秋、2400mのジャパンカップと根幹距離のGIをすべて制した。これはディープインパクトやテイエムオペラオー、シンボリルドルフといった歴代の名馬もなし得なかった偉業である。

【次ページ】 格下に負けたレースでさえ女王の魅力を際立たせた。

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