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石井宏樹が奪取した
ムエタイ王座の価値。
~キャリア16年目の戴冠劇~ 

text by

布施鋼治

布施鋼治Koji Fuse

PROFILE

photograph bySusumu Nagao

posted2011/10/17 06:00

3-0の判定で勝利した石井は、武田幸三以来10年ぶり、4人目の日本人王者となった

3-0の判定で勝利した石井は、武田幸三以来10年ぶり、4人目の日本人王者となった

 判定が読み上げられた瞬間、石井宏樹は泣き崩れた。10月2日、東京・後楽園ホールで行なわれたラジャダムナン・スタジアム認定のスーパーライト級王座決定戦。双子選手として有名なアピサック・KTジムを相手に、石井は4度目の挑戦で王座奪取に成功した。3Rまではローキックを当てながら様子を見て、4Rから一気にスパートするという作戦が功を奏した。

 タイの国技ムエタイでは、ラジャダムナンとルンピニーの二大スタジアムが認定する各階級の王座が最高峰といわれている。かつて外国人力士が横綱を目指すことが難しかったように、二大スタジアムで外国人選手が王者になった例は4回のみ(そのうち日本人選手が3名)。

 とりわけ選手層の厚い中量級以下のクラスで王者になることは至難の業といわれており、石井も頂上制覇を諦めかけたことがある。昨年7月には試合中に小腸が破裂し、現役続行すら危ぶまれたこともあった。それでも、石井は諦めきれなかった。自分のために。そして“打倒ムエタイの道”を絶やさないために。

華やかなK-1からのオファーにも参戦しなかった理由。

 かつて日本のキックボクサーの誰もがタイの王者を目指した時代があった。理由はひとつ。星の数ほどいるキックの世界王者よりも二大スタジアムの王者の方が強かったからだ。それでも時代が変われば、立ち技格闘技の価値観も変わる。

 2000年代初頭にK-1で70kg級が設立されると、日本の軽重量級の選手たちは総じてK-1を目指すようになった。高いステータスとファイトマネーを得られるのであれば、それも当然だろう。

 石井にもK-1 70kg級に参戦する話が持ち上がったことがある。気持ちは揺らいだが、結局参戦することはなかった。適正体重であるK-1 63kg級がスタートしても、K-1参戦を口にすることもなかった。人気やお金も大事だが、二大スタジアムの王座奪取という最終ゴールを崩したくはなかったのだ。試合後、控室で石井は今後の抱負を述べた。

「過去にラジャダムナンで王者になった日本人選手が誰もやっていない初防衛に成功した王者になりたい」

 キャリア16年目で訪れた夢の戴冠劇。その晩、「寝たら、チャンピオンベルトがなくなってしまうかも」と不安になった石井が眠りにつくことはなかった。

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