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<Number Do巻頭インタビュー> 三浦知良 「走る」を語る。 

text by

一志治夫

一志治夫Haruo Isshi

PROFILE

photograph byMegumi Seki

posted2011/10/06 06:00

<Number Do巻頭インタビュー> 三浦知良 「走る」を語る。<Number Web> photograph by Megumi Seki
僕らの知ってるカズは、いつも走り続けている。
ブラジルでも、ヴェルディでも、日本代表でも、
そして44歳となった今でも――。だから聞きたかった。
「カズさんの人生にとって『走る』とは何ですか?」
中学時代のマラソン大会の思い出から現在に至るまで、
我らのKINGが、たっぷりと「走る」を語る。

 9月の炎天の下、慶應義塾大学との練習試合を終えたばかりのカズのクルマに同乗し、話を聞く。立っているだけでも倒れそうになる猛烈な残暑の中、90分間走り続けた44歳のアスリートに疲れは見えない。「で、今日のテーマはなんだっけ?」とカズから問われ、「走ることについて」と言うと、間髪おかず、こんな話から語り始めた。

◇   ◇   ◇

 僕は、基本的に走るために走っているんじゃないからね。ジョギングするのも、インターバルも、シャトルランも、ダッシュやるのも、全部サッカーでいいプレーをするためだから。すべては、サッカーのために必要だと思って走っているわけだから。これはもう、昔からずっとそうだった。

 学校でやる身体能力テストとかも気にしなかったね。サッカーはそんなものじゃない、技術だ、と思っていたから。だから、小学校時代も50m走が何秒か、なんてことも気にならなかった。50mを5秒台で走る必要はないし。実際、小学校のとき、50m走は速くなかったよ。日本代表で計ったときもたしか7秒1とかだったし。

長距離が速かった兄・三浦泰年の背中を見ながら走っていた。

 走ること自体に重きをおいてなかったんだろうね。走りかたを習ったこともないし、こう走れと指導されたこともない。ただ、走っていなかったかというと、そんなことはなくて、サッカーを教えてもらってた叔父さんからは、すごく厳しく走らされていた。小学生のときから中学生に混じって走らされてたし。ただ、それでも嫌にはならなかった。そうやっていれば、サッカーが上手くなると思っていたから。

 短距離は決して速くはなかったんだけど、長距離は、トレーニングで速くなるから、どんどん強くなっていった。兄貴(三浦泰年・J2ギラヴァンツ北九州監督)が長距離がすごく速くて、その背中を見ながらずっと走っていたら、いつの間にか速くなっていた。マラソン大会でも上位に入れるようになってくると、だんだん面白くなってきて、負けたくないという気持ちが芽生えてきてね。僕は本来負けず嫌いという感じじゃなかったんだけど、たしか4年生で3位、5年生で2位、6年生で1位、ってなっていったんじゃないかと思う。

 中学3年のときの学年マラソンのことは、よく覚えている。

【次ページ】 母親から「1位なら3000円」と言われて俄然やる気に。

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