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招致するなら掲げたい
「東京による五輪再生」。
~簡素化・薬物撲滅・選手第一~ 

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小川勝

小川勝Masaru Ogawa

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photograph byPHOTO KISHIMOTO

posted2011/08/16 06:00

招致するなら掲げたい「東京による五輪再生」。~簡素化・薬物撲滅・選手第一~<Number Web> photograph by PHOTO KISHIMOTO

スポーツの純粋な楽しさに日本中が沸いた1964年の東京五輪

 東京が2020年の夏季五輪に再び立候補した。歓迎する声もあれば、疑問の声もある。今のところはっきりしているのは、歓迎にせよ疑問にせよ、熱烈なものは少ないということだろう。掲げられた「復興五輪」というテーマに対しても、都民からも被災地からも、熱烈な支持は聞こえてこない。

 なぜなのか。これはやはり、五輪は世界のアスリートのために存在するのであって、国家的な問題との関連は副次的なものだからだろう。

 それでも、東京でもう一度五輪をやる意義――「なぜ東京なのか」に対する答というのは、「世界のアスリートのために存在する」という、五輪の原点に立ち返るなら、見えてくるようにも思える。

'64年の東京五輪には、確実にイノセンスが残っていた。

 '16年大会招致の時も、都民の関心は低かった。理由の一つは、招致委員会のキャンペーンが、インフラ整備をはじめとした「五輪開催による恩恵」をPRすることに終始していたからではないだろうか。

 再び東京で開催する意義があるとすれば、それは五輪運動に対して、我々が何を成し得るかという、能動的な発想で臨んだ場合ではないのか。

 近年の大会は'04年アテネ五輪(伝統国)、'08年北京五輪(新興国)、'12年ロンドン五輪(伝統国)、'16年リオデジャネイロ五輪(新興国)と、伝統国による原点回帰型の五輪と、新興国による国威発揚型の五輪が、交互に開催される形になっている。この順番で行けば、'20年は伝統国の開催になる。夏冬開催3度の日本も、その候補に入ると言っていいだろう。

 我々は、五輪運動に対して何を成し得るのか。7月に来日したIOCのロゲ会長は、行き過ぎた営利主義と、ドーピングの問題に取り組むと語っている。そうであるなら、テーマは「東京による五輪再生」かも知れない。五輪のイノセンスを再創造する、ということだ。'64年の東京五輪には、確実にイノセンスが残っていた。この大会のあと'68年メキシコの人種問題、'72年ミュンヘンのテロ事件、'76年モントリオールの財政赤字、'80年モスクワ以降のボイコット合戦と続いていったからだ。イノセンスの再創造という意味合いなら、東京は一つの合理的な選択になる。

【次ページ】 招致活動そのものを日本の価値向上に寄与するものに。

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