Column from EnglandBACK NUMBER

クラブとファンとお金と。 

text by

原田公樹

原田公樹Koki Harada

PROFILE

photograph byGetty Images/AFLO

posted2006/10/19 00:00

クラブとファンとお金と。<Number Web> photograph by Getty Images/AFLO

 はたして中田英寿がボルトンへ移籍したとき、アラダイス監督へ裏金が渡っていたのかどうか。その真相は2カ月後に明らかになるはずだ。プレミアリーグはロンドン警視庁のスティーブンス前警視総監を責任者とする調査委員会を設け、この7カ月間で2004年1月から2006年1月までの362件の移籍について徹底調査。8クラブが関与した39件の移籍について、さらに2カ月かけて再調査する、と発表したからだ。

 つまり全体の9割は「シロ」だが、残りの1割は「灰色」だとして、改めてクラブや代理人らに銀行口座の公開などを求めた。公開を拒んだら、代理人資格の停止や抹消の対象にするというから、プレミアリーグはかなり本気だ。この39件に昨年8月、中田英寿がフィオレンティーナからボルトンへ1年間の期限付きで移籍したケースも含まれている可能性は十分にある。

 というのは、この調査とは別に先月、BBCの報道番組「パノラマ」が、ボルトンへ移籍した中田英寿を含む3選手について、裏金の授受があった、と報じたからだ。おとり取材では、複数の代理人が「アラダイスに裏金を渡せば、選手を獲る」と証言し、さらに隠しカメラの前でアラダイス監督の息子で代理人のクレイグ氏が、裏金の授受があった選手として、紙に「“Hide”Nakata」と名前を書き出している。決定的な証拠はないが、中田の代理人がアラダイス監督へ裏金を渡し、その見返りとしてボルトンが中田の獲得を決めた疑いは濃い。

 だがいまさら何を言っているんだ、と違和感を覚える人も多いだろう。古くからサッカー界では、選手移籍の際に監督や強化担当者へ“手数料”が支払われることは、公然の秘密だったからだ。

 実際、イングランドだけでなく、Jリーグでも選手移籍で監督へ手数料が支払われるケースはある。なかでも外国人監督が、自らのルートで外国人選手を獲得する場合、手数料を得るのはよく聞く話だ。イングランドでは「賄賂文化」と呼ぶが、世界中のサッカー界に、移籍の際に裏金を渡す習慣は存在する。

 ではなぜ「裏金=賄賂」はいけないのか。例えば、あるAというクラブのB監督にC選手の代理人から「裏金を渡すから獲得して欲しい」と売り込みがあったとする。B監督はC選手が実力不足だと考えているが、裏金を得られるので、C選手と契約するようにAクラブへ働きかけ、契約が成立したとする。これは明らかにB監督のAクラブへの背任行為である。

 だが現実は、これほど分かりやすくはない。例えば中田英寿と並んで、裏金疑惑の嫌疑をかけられているイスラエル代表のDFベンハイムは、'04年にイスラエルのクラブからボルトンへ日本円にして数千万円の移籍金で完全移籍。2年目の昨季、レギュラー格となり、今季リーグ戦はここまで7戦全戦に先発出場している。安く獲得した選手が大きく成長したのだから、アラダイス監督は背任どころか、クラブへ大きな利益をもたらしたと見ることもできる。

 では中田英寿の場合はどうか。期限付き移籍だったから移籍金は発生しないが、年俸は2億円程度だったといわれている。戦績はリーグ戦に21戦(うち14先発)に出場して1得点。はたして高かったのか、安かったのか。判断は分かれるところだ。

 選手の側からすれば、チャンスが与えられなければ活躍はできない。とくにEU外の選手にとって、イングランドは労働許可書の入手が難しく敷居は高い。選手はチャンスを得るために賄賂を払うわけだし、受け取る側の監督も、その選手を起用して成績が下がれば自らの責任を問われるわけだから、何が悪いのかという見方もある。

 だが選手が活躍しようとしまいと、裏金や賄賂は、発生した時点ですべて不正行為になる。今年1月に「多くの人物が代理人から裏金を得ている。イングランドにはわいろの文化がある」と告発した、勇気あるイングランド・チャンピオンシップ(2部リーグ)、ルートンのマイク・ニューウェル監督の見解は明解だ。

 「ファンのお金だから、問題なんだ」

 日本では「クラブはファンのもの」という考え方が深く浸透していないのでピンと来ないかもしれないが、ファンが支払った入場料や、ユニホームなどの商品を買うために支払ったお金が公平に使われないこと自体が、すなわち不正行為だ、という。

 だが日本人選手の移籍問題には、別の問題もある。欧州では、日本人選手を戦力として評価するというよりも、テレビ放映権やユニホームなどの売り上げなどを当て込んで移籍させる例が後を断たない。この場合、ファンの浄財から成るクラブの財政は、ほとんどダメージを受けないという、とてもいびつな構造が出来上がっているのだ。しかし、仮にそうであっても、これまたやはり公平な行為だとはいえない。

 イングランドは賄賂文化の撲滅に立ち上がった。これを機会に日本を含めた各国は、早急に選手移籍の透明化が保てるような新ルールとシステムを築かなければならない。そうしなければピッチの上でいくらフェアプレイを叫んでも、むなしく聞こえるだけである。

海外サッカーの前後の記事

ページトップ