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偽ベッカム出現! あなたならどうする? 

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木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

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photograph byHirotsugu Kimura

posted2004/03/11 00:00

偽ベッカム出現! あなたならどうする?<Number Web> photograph by Hirotsugu Kimura

 ベッカムがキオスクでスポーツ新聞を買っている、生理用品を持ってスーパーのレジに並んでいる――あなたならどう反応するだろうか? 

「キャー」と悲鳴を上げて抱きつく? サインをねだる? いきなり写真を撮る? それとも、遠巻きに見守るだけ?

 こんな「社会学的な疑問を考察するために」(番組による)、スペインであるテレビ番組が作られた。偽ベッカムをでっちあげ、マドリッドの繁華街に出没させ、周りの反応を隠しカメラで追う。

 テレビ局は、かつては裸の女性のオンパレードで“テタ5(おっぱい5)”という異名もとった民放の雄『Tele 5(テレ・シンコ)』。番組は、その名も神々しい『ぺカード・オリヒナル(原罪)』。オンエアは月曜から金曜、午後9時半から10時までという、夕食の遅いスペインではゴールデンタイム。その看板番組で、偽ベッカム・コーナーは堂々のトリを務めた。“社会学的”うんぬんはもちろんお題目。要は、突然のスーパースター出現に人々が慌てふためく様を嘲笑しよう、というものだ。

 とはいえ、このお笑い番組『ペカード・オリヒナル』、お気楽に人様を笑っている場合ではない。ある日の“ギャグ”はこんな調子だ――アスナール首相のインタビューを吹き替えて、「ウンチをしたい」を連発させる――。爆笑!「ウンチだって!」。見事な皮肉、素晴らしい政治風刺。これを笑うには、相当な知的レベルが要求される。私は残念ながらレベルに達していない。

 それはさておき、偽ベッカムだ。

 偽ベッカムをでっち上げるとき、何が一番、重要か? 金髪、エラの張った顔、背格好……。いやベッカムの場合は肉体的特徴よりも、もっと大切なのがファッションだ。

 番組では、ポニーテール、ピアス、グラデーションのサングラス、ネックレス、白いジャケット、VネックのTシャツ、ジーンズという出で立ちを用意した。なかなか賢い判断だ。

 このコーディネイトは、昨年7月2日のベッカムお披露目式(レアル・マドリーで初の記者会見。23番のユニフォームを披露した日)のものとほぼ同じ。数十回となく繰り返し流されたあの日の映像は、我われにベッカムのビジュアルを強烈に植え付けた。でかいサングラスで顔の半分を隠すことができるのも、メリットだ。さらに、黒ずくめのボディーガード2人をエスコートさせるのを忘れなかった。

 よく見ると、偽ベッカムはあまり似ていない。背は低く、体は貧弱で、顔が大きい。いくらエラ張りとはいえ、あれでは張り過ぎだ。

 しかし、我われが街でベッカムに会った時、顔や背格好より目を引くのは、派手なファッションであり、屈強なボディーガードだ。顔で本物かどうかを判断できるほどの至近距離には、まず近づけないし、人の顔の記憶は本来、かなり曖昧なものだ。どんなに顔見知りでも、目の形、眉の太さ、鼻の格好、額の広さなどのディテールを把握していることはほとんどない。

 もし、私が偽ベッカムを見破るとしたら、それは外見よりも論理的な思考に頼った結果だと思う。

「ベッカムは遠征中でマドリッドにいるはずがない」「ボディーガード2人は少な過ぎる」「生理用品の使い走りをするほど、ビクトリアの尻に敷かれているか?」……。こうした自問自答は、目の前の光景よりもよっぽど真偽の判断に役に立つに違いない。

 さて、偽ベッカムは次の5つの状況で現れた。出没地点はいずれもマドリッドの中心街だ。 

 第1回「キオスクでスポーツ新聞、スーパーで生理用品を買う」。第2回「ブティックで女性服を買う」。第3回「美術館(ティッセン・ボルネミッサ美術館)で名画を買おうとする」。第4回「市バスに乗ってサンティアゴベルナベウで下車する」。第5回「アスナール首相の妻に会いに行く」。

 これらの中で、番組の狙い通りパニックが起きたのは、第1回のみ。個人的に面白かったのは、第4回だ。

 第1回のキオスクとスーパーは、“マドリッドの新宿アルタ前”とも言える、ソル広場にある。観光客でソル広場を訪れない人はいない。レアル・マドリーのオフィシャルショップもここにある。

「あっベッカム!」「キャー、ベッカムゥー!」。偽ベッカムはあっという間に人だかりに囲まれ、カメラのシャッターの雨を浴びる。「すごいハンサムね。あなた」「私の孫にサインお願い」。悲鳴を上げるだけの若い女性たちを尻目に、おねだりの先陣を切ったのは、ここでも胆のすわったおばさんたちである。偽ベッカムは丁寧に一人ひとりサインの求めに応じる。その中にはレアル・マドリーの紙袋を下げた者もいた。まさかそのベッカムこそ非オフィシャルだとも知らないで。

 偽者を見破ったのも、意外にもおばさんたちだった。「本物はもっと背が高いわよ」。感激で泣き出す者もいる若い子たちには、観察している余裕は無いのだ。

 第4回はまるで正反対だった。

 市バスの中では、サインや写真はおろか誰も話しかけもしない。みんな知らんぷり。視線さえ合わせようとしない。なぜか? これは車内が余りにも狭く、乗客が少な過ぎて恥ずかしさが先に立ったからだろう。「ミーハーだと思われはしないか?」「迷惑じゃないか?」。周りの視線、ボディーガードとベッカムの反応が怖くて、声をかける勇気が無い。集団ヒステリーには、ある程度の人数と開いた空間が必要だ。この実験に、科学的価値があったとすればこの回だったろう、と私は思う。

 偽ベッカム・コーナーはたった1週間、わずか5回で終了してしまった。企画倒れは明らかだ。

「レアル・マドリーのオフィシャルショップで23番のユニフォームを買う」とか、「偽ビクトリアと一緒にランジェリーショップで試着を申し出る」とか、「カラオケバーでアトレティコ・デ・マドリーの応援歌を歌う」とか、「ファーガソン監督の行きつけのパブでビールを飲んで待ち伏せする」とか、一工夫すれば、まだまだ楽しめたはずなのに。

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