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プレッシングの流行。 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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posted2005/01/17 00:00

プレッシングの流行。<Number Web> photograph by AFLO

 現バレンシア監督のラニエリは、達観するような口調でこう答えた。「確かに、何年か前のサッキの時代に戻ったようだね。時代は巡っている。流行は繰り返される。いまのサッカーが新鮮に映る理由はそこにある」。

 プレッシングはいま、欧州で確実に復活を遂げている。80年代後半から90年代にかけてイタリアを中心に流行した戦術(=できるだけ高い位置でボールを奪い、相手の守備陣形が整わぬうちに相手ゴールを目指す)を採用するチームが、加速度的に増えている現実には、感動すら覚える。懐かしくも新鮮だ。

 バルセロナはその中心的存在だ。とかく日本では、個々の突出した個人能力ばかりに目は奪われがちだが、大河ドラマを見るような少々浪漫チックな目線で欧州サッカーに向き合えば、プレッシングのニュースバリューは、それ以上に重要に見える。個人能力の高い選手が、戦術的サッカーに従順な点、それによりさらに魅力を増幅させている点、新境地を開拓している点こそが、バルセロナの魅力の本質だと僕は思う。

 ライカールト監督は、かつてオランダ代表の監督に就任した際、僕のインタビューにこう答えている。「もちろん、オランダ伝統の攻撃サッカーは追求するけれど、それにかつてのミラン的な味付けも施したい」と。

 ご存じの通り、ライカールトはプレッシング・サッカーを掲げるアリゴ・サッキのミランには、欠くことのできない中心選手だった。イタリアでは別名「攻撃的守備」と言われるサッキのスタイルを、オランダ代表監督に就任したライカールトは、自らのサッカーの中に反映させようとしたわけだ。

 もちろん、指揮を振るったユーロ2000で、ライカールトのサッカーが、今のような形で注目を浴びたわけではない。結果も付いてこなかった。優勝、最低でも決勝進出を義務づけられたオランダは、準決勝でイタリアにPK負け。ライカールトはそれを機に、ファンハールに代表監督の座を明け渡し、自らは当時オランダリーグ1部に在籍していたスパルタの監督の座に納まった。

 だが、ライカールトはそこでさらに名を落とした。過去に1度も2部リーグを経験したことのないこの名門を、就任1年目にして、いきなり降格させてしまったのだ。ダメ監督。オランダでの評価は最悪だった。

 バルセロナから声が掛かったのはその時だった。オランダでの実態が、バルセロナまで届いていなかったと考えるしかない。当時、バルセロナの選択センスを怪しんだオランダ人は少なくない。しかし、ライカールトが見事だったのは、自らの小ささを熟知していたことだ。バルセロナに同行するスタッフに、自分以上の大物を助監督役として指名したのである。弱小だったフィテッセ、ナックを立て続けにUEFA杯レベルまで押し上げたオランダきっての戦術家、テン・カーテがその男だ。たまたまその時、監督の座に就いていなかったラッキーを、ライカールトは逃さなかった。彼はその意味でとても賢かった。

 オランダ人は、いまだバルセロナを実質テン・カーテのチームと見なしている。実際、バルセロナの練習を一目見れば、そのことは素人目にも明らかになる。だが、バルセロナのサッカーは、ライカールトがかつて口にした「オランダ+サッキ」そのものだ。理想は貫かれ、そればかりか欧州サッカーシーンを震撼させるほど、見事な形で開花している。理想を実現できなかった男が、ベストパートナーを得た結果が、いまのバルセロナというわけだ。

 ベストパートナーはどういうワケか日本通で、僕にこういって胸を張った。「俺に日本代表を任せてくれれば、直ぐに建て直す自信がある」と。「でも、ライカールトと3年間一緒にやることを一度決めたからには、男としてそれを反故にすることはできない。しばらくはバルセロナだ」。

 一方、プレッシングの発案者、アリゴ・サッキはかつて僕にこう語っている。イタリアでプレッシングが下火になり、守備的サッカーが台頭していた頃である。「私はバルセロナのサッカーがとても好きだ。試合に勝っても、内容が面白くなければブーイングの嵐。イタリアもバルセロナの精神を見習う必要がある」。実際、彼は何度もバルセロナの練習場に足を運んでいた。僕も現地で2度ほどその姿を目撃した経験がある。

 そんな彼が先日、レアル・マドリーのサッカー・ディレクターに就任した。ライカールトに多大な影響を与えたかつての恩師が、バルセロナ最大のライバルチームのフロントに入った。ルシェンブルゴというテン・カーテそっくりの強面と、コンビを組むことになった。まさに大河ドラマを見せられているようである。

 プレッシングは、今やブラジルにまで飛び火している。ジーコを中心としたブラジルの個人技に対抗するために生まれた戦術が、個人技に優れたバルセロナでも実践され、さらには、欧州勢の天敵にまで影響を与えている。厳粛な気持ちにならざるを得ない。ブラジルのユースチームの少年たちが、ボールを奪われるや血相を変えて追いかけ回す姿が、我がジーコの目にはどう見えているのか。大河ドラマの一員に、ジーコ様も復帰したい気持ちはないのだろうか。昔のブラジル風を求めるより、アナタを封じるために生まれた戦術を日本に求める方が得策。大河ドラマに超端役として参加している僕の目には、ハッキリそう映るのだ。

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