佐藤琢磨 グランプリに挑むBACK NUMBER

毒抜けニュー琢磨、熱砂の戦い 

text by

西山平夫

西山平夫Hirao Nishiyama

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photograph byMamoru Atsuta

posted2005/04/07 00:00

毒抜けニュー琢磨、熱砂の戦い<Number Web> photograph by Mamoru Atsuta

 佐藤琢磨がコクピットに帰って来た。そうして琢磨らしい嬉々としたバトルを繰り広げてくれた。

「戻った・走った・戦った!」この三つの「た〜!」を観られたことが、バーレーンGPでいちばん嬉しかったことだ。

 マレーシアでグランプリ初の、いや、自転車競技も含めてアスリート生活初の“病欠”をもたらした謎の発熱は、マレーシアGP翌日にイギリスへ戻ってからもまだなお琢磨を苦しめた。

 「熱は下がったんですが、明け方になると寝汗でTシャツがビッショリ濡れてるんですよ。よっぽど強力なウィルスらしくて、血液検査してくれたドクターが言うには血小板が脱水症状を起こしていて、何かと戦った痕跡があるらしいんです」

 その寝汗もバーレーン前週の土曜日にはかかなかったというから、そこでようやく熱病が抜けたのだと思う。世界保健機構(WHO)の指定を受けるほどの病気ではないものの、こうした風土熱病には解毒剤はない。琢磨は自らの免疫力でウィルスを退け、抗体を作ったわけだが、フィジカルだけではなく、サイコロジカルにもダメージを受けたに違いない。筆者が思うに、最後まで琢磨を苦しめた寝汗は、おそらく精神的プレッシャーだったのではないだろうか? そうして、寝汗は病気快癒の最後のシグナルだったのではないか。

 それはともかく、病気が治ったこと即マレーシア以前の佐藤琢磨に戻ったということではあるまい。闘病で体力消耗した琢磨はバーレーンはバテバテだろうな、と筆者は最初からあきらめていた。なにしろ気温42度・路面温度56度というすさまじいコンディションなのである。勝ったアロンソが「マレーシアより暑かった。自分が体験した中でいちばん暑かったレース」と言い、レース後表彰台裏でしゃがみこみ、しばらく立てなかったほどだったのだ。

 だが、心配は無用だった。初日こそどこかはつらつとしたところが感じられなかった琢磨だったが、金曜日より土曜日、土曜日より日曜日と、一気に精気を取り戻してきたように見えた。

 圧巻はレース本番だった。13位スタートだった彼はオープニングラップのストレートでデ・ラ・ロサを抜きにかかるバトンのスリップストリームに入って、見事2台まとめてオーバーテイク。その後、デ・ラ・ロサ、バリチェロを後ろに従えてほれぼれするくらい見事なディフェンスを披露。力強く、落ち着いたその技の応酬はまるで全盛期のシューマッハーを観ているようだった。いわゆる周りがよく視えている状態で、背後からワンワン吠え立てる猛者二人を完全に自分のコントロール下に置いていたのだ。

 1回目ピットインは誰よりも遅い25周目。その時は3位(!)にいたのだが、重い燃料をを背負ってよく予選を戦い、決勝で堂々たる走りができたものだと感心した。

 残念ながら重要保安部品のひとつであるブレーキのトラブルでドクターストップならぬチームストップがかかってリタイアとなったが、その間のバトルは素晴らしかった。ミスがなく、力強く、佐藤琢磨ってこんなドライバーだったっけ? と、舌を巻くほど。

 いつかこの頁でも書いた気もするが、今年の佐藤琢磨は変わった。速さが加速したばかりでなく、それに実戦での力強さが倍加してプラスしたと思う。昨年の最終戦ブラジルですでにその兆候があったが、魔界転生した新しい佐藤琢磨の実質的なデビューがバーレーンだったような気がする。謎の熱病が佐藤琢磨から何か毒なるものを抜いたのではないか。「サンマリノから仕切り直し。大丈夫です」というこの男、必ず今年は勝つ・・・・・・なぜかそう確信させられた熱砂の戦いだった。

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