俊輔inグラスゴーBACK NUMBER

ロイ・キーンがもたらした「JFK的瞬間」 

text by

鈴木直文

鈴木直文Naofumi Suzuki

PROFILE

photograph byNaofumi Suzuki

posted2006/02/27 00:00

ロイ・キーンがもたらした「JFK的瞬間」<Number Web> photograph by Naofumi Suzuki

 ダンファームリン・アスレチックのチーム・マスコット、サミー・ザ・タミーが試合前のパフォーマンスで(おそらくはボール紙で作られた)銀杯を高々と掲げながら、ホーム・サポーターに誇らしげな表情を向ける(もちろん、きぐるみだから本当は表情は変わらないのだけど)。そう言えば今節の対戦は、ちょうど一ヵ月後のCISインシュアランス・カップ決勝の前哨戦と言えなくもなかったのだ。もっとも、順位表の頂上を悠々と行くセルティックと降格争い中のダンファームリンとでは前者の絶対的優位は揺るがないし、カップ戦決勝とは雰囲気も何もかも違うわけで、優勝カップの行方を占う、なんていう大袈裟な話でもないことは、サミーだって百も承知だったろう。

 セルティック側から見たこの試合前の最大の話題は、ストラカンが中村俊輔をスタメンに戻すかどうかだった。前節のレンジャース戦を怪我の影響もあって欠場した中村だが、これを戦術的理由とみる向きもあった。というのも、アウェイのレンジャース戦となれば中盤での潰しあいが予想されるから、中村の創造性を犠牲にしてロイ・キーンとニール・レノンという守備的な選手を中央に並べ、ペトロフを右に配置するのが(仮に中村の怪我が無かったとしても)正解、というわけだ。実際この起用は大当たりで、2人のベテランが中盤を見事に仕切った(“bossing”という)セルティックは、ズラウスキがワンチャンスをものにした1点を危なげなく守りきり、オールドファーム3連勝を飾った。特にロイ・キーンは、「彼に足りなかったのは葉巻だけ」なんていう記事もあったぐらい、貫禄たっぷりのパフォーマンスだった。とはいえ、相手がダンファームリンであれば攻撃的布陣を採るのが定石と思われ、中村がスタメンに戻るだろうと予想するメディアは多かったのだ。

 結局、今節も怪我の治りきらない中村をベンチに残し、レンジャース戦と同じ布陣をストラカンは選んだ。試合はSPLレコードを更新する8−1の圧勝。あまりにお粗末なダンファームリンのディフェンスを、絶好調のズラウスキを中心にマローニー、ペトロフ、ハートソンらのコンビネーションでズタズタにしてしまった。守備的と思われた布陣の思わぬ副産物として、なんとレノンまでが実に4シーズンぶりの得点を挙げた。いつも4バックの前で攻撃の芽を摘んではシンプルに横パスを捌くという地味な役割に徹して、滅多に前線に顔を出さないレノンである。後半37分、彼がペナルティ・ボックス手前でフリーでボールを持ってしまい、他にすることが無くて仕方なく遠慮がちに放ったようなシュートは、キーパーの虚を突いたようにゴール左下隅に吸い込まれた。聞くところによれば、2001年に前回ゴールを決めたとき、当時の監督のオニールが次は2006年だと予言したという。図らずもそれが的中したわけだ。イースト・エンド・パーク(ダンファームリンのホーム・スタジアム)に乗り込んだセルティック・サポーターは、レノン曰くの「JFK的瞬間」、つまり誰もが何時何が起こったかを記憶するであろう瞬間を目撃することとなった。残り10分で調整がてらに出場した中村も、左足と右足で惜しいシュートを1本ずつ放ち、もう少しで大ゴール祭りに加われるところだった。

 キーン獲得以来「プレースタイルの似通ったキーンとレノンの併用は無理」「キーンはいつまでベンチスタートを我慢できるのか」と、彼の起用法が散々メディアを賑わしてきたわけだが、この2試合でレノンと同時に出場してもちゃんと機能するところが示された。キーンにしてみれば、当たり前のことで騒ぐなよ、というところだろう。

 「要するにバランスの問題さ。今の状態はつまりオプションが沢山あるってことだ。それぞれの試合でどの組み合わせがいいかを判断するのは監督の仕事だけど、いろいろ変わってくのは間違いないね。ナカムラを見てみろよ。彼は絶対にすぐスタメンに入ってくるよ。スタン(ペトロフのこと)だって真ん中がやりたいって言うだろうしね。もう一度言うけど、要はオプションの話なんで、セルティックに来たときに言っただろ?俺は監督に違った選択肢を与えることができるって。」

 ストラカンもキーンが持ち込んだオプションの恩恵を口にする。レンジャース戦後のコメントを見てみよう。

 「ロイ(・キーン)がいると便利だよ。水曜日にはニール(・レノン)を休ませられたし、今日はシュンスケ・ナカムラを休ませられるってことだからね。(略)今日の中盤の組み合わせが完璧だって言うわけじゃないけど、今日の試合に限って言えば、これが一番いいだろうって思ったんだ。ナカムラはアシストと創造性については一番影響力のある選手だと思うけど、今日は座っててもらわないとならなかった。一人のフットボール人としては彼をいつでも見てたいけど、ロイがいるお陰で彼に休みをやれるし、本人のためにもなることを願ってるよ。」

 監督の心酔ぶりからして、体調さえ万全なら中村がスタメンに戻るのはまず間違いないだろうが、好調を維持するレノン、キーン、右サイドに移っても変わらぬ存在感をみせるペトロフらの中から誰を外すのか、というのは依然として悩ましい問題だ。2週間後の次戦(次週はスコティッシュ・カップのためリーグ戦は休憩)で怪我の治った中村を含めてどんな布陣を採用するのか、まだまだ議論が尽きそうに無い。

海外サッカーの前後の記事

ページトップ