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野茂以来の快挙を達成した大家友和の“月見草人生”  

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菊地慶剛

菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi

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photograph byREUTERS/AFLO

posted2007/05/07 00:00

野茂以来の快挙を達成した大家友和の“月見草人生” <Number Web> photograph by REUTERS/AFLO

 ブルージェイズの大家友和投手が、4月29日のレンジャーズ戦で今季2勝目を飾り、メジャー通算50勝を達成、日本人投手としては123勝を記録している野茂英雄投手以来の快挙となった。

 「50という数字を何とも思っていません。長くやっていれば何とか達成できるものなので、とりあえず『長くやれたな』と、それだけのことです」

 試合後の大家投手は普段通り淡々と話し続けた。日本人選手としては史上2人目の金字塔ながら、集まった日本の報道陣はTV2社を含む8名。ニューヨークやボストンに連日数十名の日本人報道陣が繰り出していることを考えれば寂しい感は拭えないが、私の記憶では99年10月1日に中継ぎ登板でメジャー初勝利を飾った時には1人の報道陣もいなかった。日本でわずか1勝しかしていないマイナー契約で海を渡った選手の注目度が低かったのは仕方がないとはいえ、メジャーで活躍するようになってからも、日本から次々にやって来るスター選手たちの陰に隠れた存在であり続けた。楽天の野村監督の表現を借用するならば、日本人メジャー選手の中で常に“月見草”であったのだ。

 高校時代は途中まで控え投手。最終的に横浜からドラフト3位指名を受けるが、社会人野球への就職も内定していたという。そんな境遇にいただけに、鳴り物入りでドラフト上位指名されプロ野球界でスターになっていく選手たちの実力と才能を十分に理解している。大家投手はよく報道陣の質問に対して「僕はそんなレベルの投手ではないですから」という言葉をたびたび口にするが、これは掛け値無しの本心なのだ。

 だからといって彼が、新たにやって来た日本人スター投手たちに引け目を感じているわけでは毛頭ない。逆にマイナー契約選手としてスタートし、他の日本人選手たちが与えられる専属通訳などの優遇措置無しにここまで這い上がってきたという自負がある。むしろ投手としての才能に恵まれていないということを自覚している分、常に努力を惜しもうとしないのだ。決して自分を甘んじるような発言をしないのも、常に自分を叱咤しようとする表れなのだと思う。

 長身揃いのメジャー選手の中に混じれば、探し出すのも難しいぐらいの背丈。かといって強靱な筋肉を誇るわけでもなく、メジャーの猛者たちの中では華奢に見えるぐらいの体格。それでも大家投手は足かけ9年でメジャー50勝を達成した。しかも、これまでメジャー在籍年数6年を満たし、フリーエージェントの資格を獲得できたのも、彼以外では野茂英雄投手と長谷川滋利投手しか存在しない。以前ドジャース時代の石井一久投手が「長くいればいるほど生き残るのが難しい世界」と説明してくれたとおり、世界最高峰リーグで長年に渡って先発投手を任されること自体、決して容易なことではないのだ。

 「1年たりとも同じ投球をしていません」

 今年のキャンプ中、オープン戦登板を終えた大家投手がこうもらしたことがある。その時の登板で久しぶりにバッテリーを組んだグレッグ・ゾーン捕手も、大家の投球パターンの違いを示唆してくれた。

 「以前のオオカと比べると、力投しようとするのでなく、丁寧に低めにボールを集めようとする意識を感じる。明らかに以前よりもスマートな投手になったと思う」

 2001年にエキスポスにトレード移籍した際に投手コーチを務め、現在はブルージェイズの同コーチを任されているブラッド・アーンズバーグ氏も、大家投手の“変化”を指摘している。大家投手の場合、打者を圧倒するような球威や、絶対的な勝負球となる変化球があるわけではない。ならば少しずつ球種を増やしていければいいのだろうが、どんな投手にだって限界がある。限られた球種を駆使しいかに打者を翻弄していくか──という投球術が大家投手を支えてきた。それだけに大家投手のメジャー生活は“創意工夫と努力”の日々の連続だったはずだし、これからも永遠のテーマになっていくだろう。

 「(50勝なんて)新しく来た選手が簡単にクリアすると思うというか、確実にクリアするでしょう。本当に何ともない数字です」

 確かに大家投手の話すように、余程のことがない限り松坂投手や井川投手たちも近い将来に「メジャー50勝」に到達するだろう。だが大家投手も簡単には現在の歩みを止めることはない。表面上は月見草のようにひっそりと、その裏では1日も長くメジャーで生き残るため、少しずつ地中に長い根を伸ばしていくことだろう。

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