カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER

From:マンチェスター「旅で見つけた素晴らしき別世界。」 

text by

杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2006/04/07 00:00

From:マンチェスター「旅で見つけた素晴らしき別世界。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

日本を離れて50日。

訪れたそれぞれの街で出合った

ココロあらわれる“絶景”・・・・・・。

 今回の旅は長い。50日にも及ぼうとしている。ブラジルからマドリッド経由でバルセロナに飛び、そしていま僕がいる場所はマンチェスター。全然暖かくない。夜中は気温が零度まで冷え込む。地球を南下したり北上したり、僕はいったい何をしてるんだろう。何者かが振るサイコロの目に従い、ゲーム版の上を彷徨う双六の駒になった気分だ。

 マイナス2度のアムステルダムから、30度以上のブラジルを訪れ、20度のバルセロナで快適な時を過ごしたまでは良かったが、マンチェスターは零度。僕の身体は、振り出しの地点に戻ってしまっている。本当なら、このゲームにできれば死ぬまで参加していたいと、格好の良い台詞を吐きたいところだけれど、いまは「タイム」といって中座したい僕の方が勝っている。6月には、W杯も控えていることだし。

 そこでW杯の予想を尋ねられたりすると、正直言って困ってしまう。僕にとってW杯は、1ヶ月間のドサ回りツアーに他ならない。日本の成績いかんにかかわらず、身の毛もよだつ、恐怖の旅は待ち構えている。いまから気合いを漲らせていると、その前に疲れ果ててしまうのだ。原稿では、日本は危ない!とか言って、大真面目を装っているが、本音は別だ。「なるようにしかならないんだから、じたばた騒ぎなさんな」

 こんなことを言うと、また激しいお叱りを受けそうなんだけれど、でも世の中に、四六時中W杯のこと、日本代表のことを考えている人はどれほどいるだろうか。川淵さんやジーコだって違うと思う。それぞれの方法で、バランスを取っているはずだ。

 僕はいまマンチェスターのホテルの一室で、iTunesから流れる音楽を聴きながらこの原稿を書いている。ブラジルで購入してきた緩いミックス系を、零度の世界で耳にする気分は悪くない。やっぱ、ブラジルは最高だった……。

 とはいえ、ブラジル症候群に陥っているわけではない。この前に滞在したバルセロナで、思いがけず充実したひとときを過ごすことができたからだ。これまでとは異なるバルセロナ体験が。

 それはあまりにも偶然だった。ホテルの予約を入れようとインターネットを眺めていると、あるデザインホテルが目に止まった。バルセロナにはこれまで、何百泊もしているので、ホテルについてもそれなりに詳しいつもりでいたのだが、それははじめて聞く名前だった。宿泊費が高いバルセロナにしては手頃だったので、すかさず予約を入れ、そして50日分の大荷物を抱えてタクシーに乗った。

 しかし、記載されていた住所の前で下車したものの、ホテルらしき建物は見当たらない。あれ??途方に暮れようとしたその時、「チェックインするんですか」というホテルスタッフの声が、どこからともなく聞こえてきた。

 ホテルは確かに目の前にあった。だが入り口は普通の家と何も変わらない。ホテルの看板もない。そしてその奇妙な入り口を、作業員たちが忙しそうに出入りしていた。聞けば、オープンしたてのホテルで、一歩一歩、形を整えている最中なのだという。通された僕の部屋は、昨日完成したばかりといった感じで、なによりまだ電話が設置されていなかった。

 場所はフランサ駅の裏手。ボルン地区と言うのだが、この出来たてのデザインホテルに代表されるように、この地区には新しいお店が、もの凄い勢いで進出してきている。カフェ、レストラン、セレクトショップ……。そのうえ、雰囲気がたまらないほど素晴らしい。静かでお洒落で、パリのマレ地区を彷彿させる……と言っても良いくらいだ。

 バルセロナ在住の某は、最近可愛らしい女性と同居生活を始めたというのに、このお洒落ゾーンについて全く情報を持っていなかった。「地球の歩き方」に出ていないのは分かるが、住んでいる人間が知らないとは何事かと、嘆きたくなるほど、そこには快適空間が広がっていた。

 バルセロナ滞在中に、僕は日帰り旅行も楽しんでいる。ある人物を訪ねてビルバオへ出かけたのだが、このバスク地方の中心都市も、相変わらず秀逸なムードを醸し出している。何年かぶりに訪れた、ゲチョという海岸の街に到着した瞬間の感動は、お伝えしておく必要がある。静かで、穏やかで、知的で、上品で……。コーディネーターと僕は、しばし感嘆に耽った。空の青さも文句なし。緑の濃さも文句なし。潮の匂いも文句なし。そこはまさに別世界。おとぎの国に降り立った気分を味わった。ボルン地区も素晴らしいが、ビルバオのゲチョの海岸も素晴らしい。超お勧めの観光スポットなのである。

 ちょっと強がりを言えば、マンチェスターだって捨てたモノではない。寒い。風もまた冷たい。おまけに天気も曇りがちでパッとしない。だが、瞬間的に覗く空の青さには、何とも言えない瑞々しさがある。綺麗なのだ、抜群に。

 うす桃色の桜も綺麗だけど、こっちにだって綺麗なものはたくさんある。負けてはいないのだ。と、強気を胸に抱きつつ、原稿を締めさせていただくことにする。でないと、やっていられないんです、この職業は。それにしても50日は長かった。

(注:写真はゲチョの海岸風景)

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