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移籍騒動の渦中で 

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鈴木直文

鈴木直文Naofumi Suzuki

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posted2006/05/09 00:00

移籍騒動の渦中で<Number Web> photograph by Naofumi Suzuki

 SPLを制覇したばかりのセルティックが、ちょっとした危機に面している。主力クラスの大量流出の可能性が出てきたのだ。

 中村俊輔もスペインへの移籍希望を公言。地元紙は毎週のように移籍だ、いや残留だ、アトレティコ・マドリードがオファーを準備中らしい、等々一喜一憂している。ただ、彼はセルティックでのサッカーに充実感を感じており、来季CLに出場できることは大きな魅力のはずで、残留する可能性ももちろん高い。

 中村以外にも、家族の住むウェールズに近いクラブへの移籍を望むジョン・ハートソン、慢性的な怪我に悩まされるロイ・キーン、指導者への転身を視野に入れるニール・レノン、プレミアでの新たなチャレンジを望むスティリアン・ペトロフら、セルティックには必要なメンバーたちの去就が微妙となっている。特にペトロフは、前節のヒブス戦後の優勝セレモニーを待ちかねたように、正式に移籍を願い出た。1月に3年間の延長契約にサインしてクラブとファンを安心させたばかりだが、それはクラブがより高い移籍金を得られるためのいわば恩返しだったという。7年間をセルティックで過ごした彼がステップアップを望むのも当然。ストラカン監督はこの要求を却下したが、この夏4、5百万ポンドのオファーがあれば受け入れざるを得ないだろうと言われている。

 こうした憶測が飛び交う中、今節セルティックがホームに迎えたのは、CL予備戦出場を賭けて2位ハーツを勝ち点5差で追撃中の3位レンジャーズ。今季5試合目のダービーだ。土曜日にハーツが敗れているだけに、レンジャーズにとって勝ち点を詰める絶好機だった。セルティックとしても優勝したとはいえ、ダービーで無様な戦いは見せられない……というのは建前で、本音を言えばそこまで入れ込む理由はなかった。

 そんな事情もあってか、スタンドにもいつもの殺気は感じられなかった。試合前に両チームのサポーター・グループが掲げた反セクタリアニズム(カトリック・プロテスタント間の差別的振る舞いのこと。先日のCLでの対ビジャレアル戦でレンジャーズのサポーターがカトリックに対する差別的な歌を歌ったことで制裁を受けそうになっている)のバナーに去勢されてしまったというわけでもないだろう(その証拠に、一部のレンジャーズ・サポーターはやっぱり性懲りも無くアンチ・カトリック・ソングを歌っていた)。

 セルティックの中盤は、真ん中にレノンとキーン、左にマローニー、そして渦中のペトロフが右。前回のダービー同様、中村はベンチスタートだった。勝負にそれほどこだわりがない試合、若手に出場機会を与えても良さそうだが、ストラカンは中村を含めた主力のごく一部をローテーションで休ませただけで、ほぼベストの布陣で臨んだ。

 前半はセルティックが優勢の試合展開。得点には至らないものの、マローニーのドリブルを中心にチャンスを作った。レンジャーズは前半こそ静かだったが、後半開始早々左サイドのダド・プルソを中心に圧力を強める。が、クリス・バークが至近距離からバーの上にふかしてしまい、プルソの決定的なヘディングはGKアーター・ボルッチが素晴らしい反応で掻き出した。

 中村は60分過ぎキーンに代わってピッチに送り込まれた。前へ進む意思とアイディアに欠けるチームに苛立ち始めていたセルティック・サポーターは、大きな拍手で迎えた。中村はその声援に応えるように65分までに立て続けに4度のシュートチャンスを演出してみせる。

 右サイドでボールを持つと、囲い込んだ2人をドリブルでかわし、左サイドのマーク・ウィルソンへ大きくサイドチェンジ。それまで囲まれてはバックパスを繰り返していたチームを鼓舞するプレーに、サポーターから「Brilliant,

Naka!(いいぞ、ナカ!)」の声が上がった。さらに、中央から右サイドへ開いたマチェイ・ズラウスキへスルーパス。フリーでルックアップしたズラウスキがハートソンの頭へクロスを狙うが合わない。

 チームは攻勢の手を緩めず、スティーブン・マクマナスのロングパスを右サイドで受けたズラウスキが折り返しマローニーがペナルティ・ボックス手前の中村へ。横のドリブルでスペースを作って左足をふり抜くが、ディフェンスがブロック。跳ね返ったボールはハートソン、ズラウスキと繋がれ再び中村に渡り、今度はペナルティ・ボックス右からカーブをかけて狙うがキーパーがキャッチ。72分には中村が左足でシュートを放つが、飛び込んだディフェンスにブロックされてしまった。

 中村の投入で活気付いたセルティックだが、その勢いも長くは続かなかった。残り15分を切ると、お互い引き分けでよし、という雰囲気が漂い、終わってみればスコアレス・ドロー。オールドファーム・マッチにしては、退屈きわまりない試合となってしまった。

 レンジャーズ戦ではストラカンがフィジカルを重視するため、ベンチスタートばかりの中村だが、優勝を決めたハーツ戦での途中交代といい、タフな相手だからといって先発できないのは不本意だろう。しかし、さすがのストラカンも、この試合後には自分の間違いを認めざるを得なかった。

 「今日はイマジネーションが足りなかったけど、ナカが入って変わったね。今日の彼の貢献度は素晴らしかった。彼のお陰でよりいいチームになったみたいに見えたよ。ナカの今日のパフォーマンスを見たら、多分(中村をベンチに置いたのは)悪い決断だったって言えるかもしれないな。今日は先発させなかったことで気を悪くしただろうけど、それを良い方に活かしてくれたね。」

 タイトルを確保し、来季へ向けたチーム作りも先が読めないという状態の中、チームの士気を高く保つのが難しいところではある。しかし、中村個人に関する限り、その心配は無用のようだ。前節のヒブス戦後にも「毎試合新しい発見があるから、最後まで手を抜かないでやりたい」と語ったように、その向上心に翳りは見られない。この分なら、来季はレンジャーズ戦でも不動の先発を勝ち取っているはずだ。もちろん、移籍しないでくれれば、ということだけれど……。

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