濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER

「なのに」と無縁な女子格闘技、
ハム・ソヒvs瀧本美咲の清々しさ。 

text by

橋本宗洋

橋本宗洋Norihiro Hashimoto

PROFILE

photograph byTakeshi Maruyama

posted2009/09/26 08:00

「なのに」と無縁な女子格闘技、ハム・ソヒvs瀧本美咲の清々しさ。<Number Web> photograph by Takeshi Maruyama

『JEWELS』初参戦のハム・ソヒ(左)は、前日計量で400gオーバーしたためにイエローカード(減点1)からのスタートとなったが、激しい打撃戦の末、瀧本美咲に圧勝した

 女子格闘技というジャンルは(女子スポーツ全体と言ってもいいかもしれないが)相当に偏ったものだ。より正確に言うなら、その“見られ方”が偏っている。

 選手が注目を浴びるきっかけとして圧倒的に多いのが「格闘家なのに可愛い」こと。雑誌やテレビで『最強女子アスリート特集』を目にすることはあまりないが『美(少)女アスリート特集』はあらゆる媒体の定番だ。

“ビジュアル系アスリート”の枠から脱するためには、レスリングの吉田沙保里のように、図抜けた成績を収めて“女王”と呼ばれる必要がある。ただし、そこにも「なのに」は付きまとう。「女なのに強い」、「女なのに格闘技をやっている」という見られ方が存在するのだ。メディアで女子格闘家が取り上げられる時、最も頻繁に使われるフレーズは「彼女が闘う理由」である。どうやら彼女たちは男子と違い、明確な理由がなければ殴り合ってはいけないらしい。

『JEWELS』の巧みなイベント運営と、その内実。

 女子総合格闘技イベント『JEWELS』は、そんな状況を活用しつつ、人気獲得につなげている。スーパーバイザーの佐伯繁氏は、実力が大事なのは大前提としながら「女子格闘技はビジュアルも重要」と明言、試合内容だけでなくコスチュームに関するアドバイスを送ることもある。選手たちは雑誌のグラビアページに進出。会場ロビーでは生写真やサイン入りチェキが販売され、客席後方には望遠レンズつき一眼レフを構えた男性ファンが陣取っている。

 そういう“見られ方”の中で、しかし女子格闘技は着実に進歩している。“ビジュアル系”が実力を蓄えると同時に“ビジュアル系”でも、飛び抜けた“女王”でもない選手たちの層が厚くなっているのだ。象徴的なのが、9月13日に新宿FACEで開催された『JEWELS 5th RING』のメインイベント、瀧本美咲vsハム・ソヒ戦である。両者ともアイドル人気が高いわけではなく、メジャータイトルも持っていない。客観的に表現すれば“トップ集団の一角”。メディアが飛び付くような話題性のある試合ではなかった。だがもちろん、話題性と見応えとは別である。

 試合が始まってすぐに気付いたのは、セミファイナルまでに出場した選手たちとのハンドスピードの違いだ。とにかく圧倒的にパンチが速い。そして重い。サウスポーのハム・ソヒが左ストレートを繰り出し、瀧本が後退を余儀なくされるたび、会場には大きなどよめきが響き渡った。瀧本も真っ向からの打ち合いで応戦する。カウンターの左フックは、何度もハム・ソヒの顔面を捉えていた。

 肉体を削り合うような闘いの中で、主導権を握ったのはハム・ソヒだった。瀧本は打撃戦に没頭するあまり、サウスポー対策の必須事項である左回りのステップがおろそかになった。前進を止めるために有効な右ミドルキックも出せていない。試合後の瀧本は「一回、蹴りをキャッチされてパンチをもらってしまった。それでビビっちゃいました」と語っている。

 最終2ラウンド、ハム・ソヒは2度のダウンを奪取。瀧本は組み技主体の攻撃に切り替えたが、体力を削られたためか易々とタックルを切られてしまった。判定は3-0。ハム・ソヒの圧勝だった。

【次ページ】 技巧と闘志――この試合は“格闘技”だった。

1 2 NEXT
ハム・ソヒ
瀧本美咲

格闘技の前後の記事

ページトップ