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ライコネン戴冠を生んだ巴戦の妙 

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西山平夫

西山平夫Hirao Nishiyama

PROFILE

photograph byMamoru Atsuta(CHRONO GRAPHICS)

posted2007/10/23 00:00

ライコネン戴冠を生んだ巴戦の妙<Number Web> photograph by Mamoru Atsuta(CHRONO GRAPHICS)

 ハミルトン(107点)、アロンソ(103点)、ライコネン(100点)、3人による三つ巴のF1チャンピオン争いを制したのは、最も可能性の少ないライコネンだった。

 戦前の得点状況では、ライコネンが勝ってもアロンソ2位、ハミルトン5位ならライコネンにタイトルの権利はなかった。だが、レース結果はライコネン優勝(110点)、アロンソ3位(109点)、ハミルトン7位(109点)で、逆転は為った。

 数字上は奇蹟である。前戦中国まで4勝+2位5回+3位3回+4位+5位の驚異的戦績を誇るハミルトンが、5位を確実に取れないわけはないと、誰もが思う。

 しかし、ハミルトンにはライコネンだけでなく、アロンソという要注意人物がいて安穏としてはいられなかった。アロンソが勝てば、ハミルトンは2位が求められるから、いずれにしてもガチンコ勝負にならざるを得ないのだ。ここが巴戦の妙味だろう。

 ライコネンが勝てたのは、優勝しかないという目標がハッキリしており、それに向かってフェラーリ・チームが一丸となって献身したからに他ならない。すでにチャンピオンの可能性を失ったマッサは自国グランプリ2連覇を捨ててまでライコネンの後ろ盾になったし、フェラーリのエンジニア達はマクラーレンがオーバーステアによるタイヤのグリップダウンに悩むのを尻目に、タイヤに優しい見事なマシン・セッティングを施す強力なサポート体制を築いた。

 オープニングラップ、マッサ、ライコネンに次ぐ3位でスタンド前に戻って来たアロンソは、レース後「最初の3周はフェラーリについていけたが、その後彼らがプッシュし始めた時から離されてしまった。彼らは最初タイヤをていねいに使っていたんだ」と語ったが、1回目ピットストップまでにアロンソは10秒の差をつけられてしまい、この時点で3年連続のタイトルはほぼ絶望的だった。

 「予選で4位になった時から勝利とチャンピオンは難しいと感じていた」と、アロンソ。

 チーム一丸となるフェラーリに対し、マクラーレンの二人はそれぞれがばらばらだったのも勝敗に微妙な影響を与えていたはずだ。ハミルトンとアロンソは犬猿の仲。チーム内でさえもロン・デニス首領の推すハミルトン派と、少数派のアロンソ派が対立しているようでは、結束力でライコネンに負ける。二人いてもマクラーレン“勢”でもなければ、チームメイトでもないのだ。お互いに(どうせ自分がチャンピオンになれないのなら、ヤツに獲られるよりライコネンの方がマシだ)という思いがなかったとはいえまい。

 決勝スタートの3コーナーでアロンソとハミルトンは早くも接触。4コーナーではハミルトンがアロンソの真横でブレーキングを失敗し、コーナーを飛び出して8位に転落。すぐに7位から6位に浮上はしたが、ハミルトンは相当エキサイトしていたはずである。

 この時のコースオフは必ずしも致命傷ではなかったが、8周目の突然のスローダウンで18位まで転げ落ちたのは運の尽きだった。どうやら瞬間的にギヤがニュートラルに入ったようだが、その原因がドライバー・エラーなのか、マシン・トラブルなのかは不明。ただ、信頼性の塊だったマクラーレン・メルセデスに、シーズンのいちばん大事な時にこのようなトラブルが出るとは。チーム内の不調和が表出したような魔のひとときだった。

 今季最多6勝を挙げ初戴冠したライコネンは「今年はいままでのF1シーズンの中で最も楽しい1年だった。フェラーリは偉大な家族のようなもので、彼らとタイトルを獲れたことは誇らしい」と語った。ハミルトン、アロンソ、ロン・デニスはこの言葉をどんなふうに聞いただろうか。

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