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明暗分かれた競泳の代表選考。 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byTamon Matsuzono

posted2008/04/24 00:00

明暗分かれた競泳の代表選考。<Number Web> photograph by Tamon Matsuzono

 重圧にどう打ち克つか。五輪代表の選考を兼ねた競泳日本選手権(4月15〜20日 東京・辰巳)はこの一点を軸に、喜怒哀楽が渦巻いた。

 競泳の代表選考は「一発選考」である。しかも決勝で2位以内に入るのみならず、日本水泳連盟が定めた派遣標準記録をクリアしなければならない。選手は記録と2位以内双方をにらみ、ライバルのレース展開を予測しつつ自身の戦法を決める。駆け引きが生じ、レースはにわかに勝負の場と化す。

 なによりも重圧を振り払わなければ駆け引きもなにもあったものではない。重圧は計り知れない。4年の積み重ねが数十秒、数分で問われるのだ。これほど過酷さを感じさせる国内大会はないのではないか。ある選手は「五輪よりも怖いです」というほどだ。

 重圧に打ち克った者の筆頭はシドニーとアテネ五輪に出場し、アテネでメダルを獲得した北島康介と中西悠子だった。

 北島康介は最初の種目平泳ぎ100mでは予選から日本記録に迫る59秒台をマーク。決勝までの3本のレースすべてを59秒台でまとめた。続く200m決勝では世界新記録が出るのではと思わせる快泳で、自身のもつ日本記録を5年ぶりに塗り替えた。

 「100mでは力みすぎたね」と言いつつこの結果は見事というほかない。

 北島と同じく3大会五輪代表となるバタフライの中西悠子は、アテネで銅メダルを獲得した200mばかりか得意とはいえなかった100mでも日本新記録。今月で27歳になる中西の止まることない進化はもっと注目されてしかるべきだ。

 二人と同じくアテネのメダリストである柴田亜衣は苦しみながら代表の座をつかんだ。昨秋の腰の故障の影響から調整に狂いが生じていた柴田は、最初の種目の自由形400mで優勝を果たすが、標準記録を下回り五輪代表入りを決められなかった。

 「(調子は)よくはないです。気持ちを切り替えるしかないです」

 レース後、柴田は沈んだ表情を浮かべた。だが800mでは前半、先頭泳者にぴたりとついていくと、後半ピッチをあげ標準記録を破り優勝。五輪代表に名を連ねた。持ち前の勝負強さとともに、もう一つ印象的なことがあった。

 柴田は800mを振り返り、「気になっていた技術面を改善できたことが大きかった」と言った。一方、指導する田中孝夫コーチの言葉はこうだった。

 「技術的なところの修正もしましたが、本当は精神面が大きかったと思います。でもそこを指摘するとますますプレッシャーになる。だからあえて、本人には技術、技術と言ったんです」

 重圧は選手だけの力で破るものではないことに気づかされる場面だった。考えてみれば、大会へ向けてのピーク作り、練習計画も含めコーチは大きな存在なのである。

 勝者がいれば敗者がいる。

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