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ジーコの国際経験が北朝鮮戦のカギになる。 

text by

海老沢泰久

海老沢泰久Yasuhisa Ebisawa

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photograph byTamon Matsuzono

posted2005/01/20 00:00

ジーコの国際経験が北朝鮮戦のカギになる。<Number Web> photograph by Tamon Matsuzono

 いよいよドイツワールドカップの最終予選の年になったが、昨12月の組合せ抽選以来、北朝鮮が同組になったというので、それを不安視する声が出ている。

  「ちょうど横田めぐみさんの問題などで日朝関係がぎくしゃくしており、競技への影響が懸念されますね。他国からも、北朝鮮と同組になれば、ビザがちゃんと出るかどうか不安視する声が出ていた」

 これは日本サッカー協会の小倉副会長の言葉だが、ほかにもサポーターがちゃんと平壌に行けるのかとか、マスコミの取材はできるのかとか、いろんな声がある。

 ようするに、あの国を相手にして誰もどうしていいのか分らないのである。わけても分らないのは、2月のホームでの戦いはともかく、6月に代表の選手たちが向こうに行ったときにどういう扱いを受けるかだ。

 通常、そういう問題というのは政治家が解決する。すべては日本と北朝鮮の外交問題が原因になっているからだ。しかし、アジアカップで代表の選手とサポーターが中国でひどい目にあったときもそうだったように。わが国の政治家というのはこういうときにまことに頼りない。

 「2月は微妙な時期ですが、政治問題で台無しにしてほしくない」

 これは日本と北朝鮮が同組になると決まったときの小泉首相の言葉だが、台無しにしないようにするのはあんたの仕事だろうと思ったのはぼく一人ではあるまい。

 しかし、こうして不安視する声はさまざまあるが、ぼく自身は、こと試合に関するかぎりはすこしも心配していない。アジアカップでのジーコを見ているからだ。

 あのときのジーコの態度はじつにみごとだった。あのときは、中国人サポーターのブーイーングと、それを敢然とはねかえした代表の選手たちの勇気ばかりが讃えられたが、ぼくはもし監督がジーコでなかったらあの結果は得られなかったろうといまでも思っている。

 たとえば、アテネオリンピックの野球の日本代表のことを考えてみればよい。あのとき、オーストラリアは準決勝で日本と対戦するために、予選の最終戦でカナダにわざと負けた。予選順位で対戦相手が決まる大会では当然の策だ。ところが日本代表の中畑監督代行(ヘッドコーチ)はそれを日本に対する侮辱と受けとり、選手とともに必要以上に頭を熱くして、まんまとオーストラリアの術中にはまってしまったのである。

 しかし、国際試合の経験なら誰よりも豊富なジーコは、あおのブーイングを、試合中のブーイングはいくらされてもかまわないが、国歌に対するブーイングは非礼だというべきことをいい、中国人記者の挑発的質問にも乗せられることなく、あの敵対的雰囲気の中で最後までまったく堂々と冷静にふるまった。あの態度がどれほど選手たちを落ちつかせ、また奮い立たせたかは想像するまでもないだろう。

 あんなことは、そう誰にでもできることではない。ぼくは、こんどもまたあれが再現されるだろうと思っているのである。

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