ジーコ・ジャパン ドイツへの道BACK NUMBER

開眼した“救世主”大黒 

text by

木ノ原久美

木ノ原久美Kumi Kinohara

PROFILE

photograph byTakuya Sugiyama

posted2005/06/10 00:00

開眼した“救世主”大黒<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

 その瞬間、ベンチでじっと戦況を見つめていたジーコ日本代表監督は弾かれたように両手を空中に突き出し、ベンチにいた控えの選手らは輪になって飛び跳ね、彼らの歓声が観客のいないバンコクのスパチャラサライ・スタジアムに響いた。後半45分にFW大黒がチームの2点目を決め、日本のW杯出場が確実になった瞬間だった。

 日本は6月8日に行われたW杯アジア地区最終予選で北朝鮮に2−0で勝利し、来年ドイツで行われるW杯へ3大会連続で出場を決めた。

 「契約書にサインをしたときから、我々が力をあわせれば途轍もないことができると確信していた」とジーコ監督は言い、その表情には喜びと安堵が表れていた。「自分たちの目標を成し遂げるために協力してくれたスタッフや選手に、心から感謝したい」。

 本来、平壌開催予定だった試合は、平壌でのW杯予選で発生した観客の暴動事件で北朝鮮サッカー協会がFIFA(国際サッカー連盟)から「第3国無観客試合」の制裁を受け、当地での開催になっていた。

 スタンドの白い客席と詰め掛けた報道陣や関係者の多さが目立ち、スタンドの外から日本人サポーターの声援が聞こえるという異様な雰囲気の中で行われたが、選手らは立ち上がりからよく集中していた。

 MF中田英寿、MF中村俊輔、MF三都主を累積警告による出場停止で欠き、相手の出方を抑える狙いもあってか、やや慎重にスタートした日本は、チャンスを作りかけながら最後のパスやシュートに精度がなく、相手を脅かすまでにはいかない。暑さで動きが落ちた北朝鮮に対して、日本らしい動きが出たのは、大黒が投入された後半からだった。

 「点を取ろうと、それだけを考えていた」という大黒の縦への動き出しは鋭く、彼の動きに引っ張られるようにチーム全体が前を向く。後半4分、11分とチャンスに絡んだガンバ大阪のストライカーは、同28分に稲本からのボールを相手選手と競い合い、このこぼれ球に鋭く反応した柳沢が均衡を破る1点目を決めた。柳沢のストライカーとしての本領を示す一撃だった。

 さらに大黒は、後半43分に相手GKを慌てさせる強烈なシュートを放ち、その1分後、相手DFの裏へ出たロングボールに素早く飛びついて持ち込み、相手GKを冷静にかわしてゴールへ2点目を流し込んだ。2月9日の埼玉での北朝鮮戦の決勝点に続く、彼自身にとってこの予選で2得点目となった。

 前節のバーレーン戦に勝った日本は、W杯出場決定には引分けで十分だった。だがそれが逆に選手に油断を与える懸念もあった。ジーコ監督は、連日のように「まだ決まったわけじゃない」、「強い気持ちで戦う」ことを選手らに繰り返していたという。

 「気持ちが入っていなければ、いくらいい技術や戦術があっても生かせない」と、最後まで選手の精神面にこだわったのも、78年から3大会連続でW杯に出場し、98年には準優勝したブラジルのテクニカルディレクターを務め、修羅場を経験してきた彼ならではのものだろう。

 その効果もあって、最終予選1試合を残して、10勝1敗という堂々たる通算成績でドイツ行きを決めた。しかも、決定力不足が懸念されている日本だが、代表FWとして開眼した大黒とメッシーナでのプレーで鋭さを取り戻した柳沢という“収穫”もあった。

 予選全体を通して難しかった時期を聞かれたジーコ監督は、今回のアウェー2連戦直前のキリンカップで2連敗したことを挙げて、「負けに慣れていないチームなので、その影響が悪い方に出ないか心配だった」と振り返ったが、DF宮本が「キリンカップの後、みんなでいろいろ話してきた」と言うように、選手は自らの問題点を話し合い、プレーを改善し、悪い流れを切るという成長を見せた。

 川淵三郎日本サッカー協会キャプテンは、「勝負強く、しぶとい、相手が嫌がるチームになった」とチームの成長を賞賛した。

 日本は世界で最初に出場権を確保したが、ジーコ監督は残る8月17日のホームでのイラン戦に勝って「1位通過で本大会へ行く」と宣言した。さらに上を目指すつもりだ。

 イランは8日、ホームでバーレーンを1−0で下して4勝1分で勝ち点を13として予選B組首位をキープし、同じく予選通過を決定した。また、予選A組からはサウジアラビアと韓国が本大会出場を決めている。

 日本は早々にW杯出場権を獲得し、本大会への準備を早目に着手することが可能になった。手始めに、6月15日からドイツで始まるコンフェデレーションズ杯ではメキシコ(6月16日)、ギリシャ(19日)、ブラジル(22日)とグループリーグで対戦する。

 連戦の疲れが心配されるが、予選からコンフェデレーションズ杯と続くノンストップバトルは、日本代表にとって格好の腕試しの場になるに違いない。

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