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理想のサッカーなんだけど……。 

text by

杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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posted2007/11/08 00:00

理想のサッカーなんだけど……。<Number Web> photograph by AFLO

 前々回、僕はレアル・マドリーのサッカーを「トータルフットボール」を見たと言って絶賛したが、その文末で、こうも記した。今季のアーセナルにも、トータルフットボールの匂いを感じる、と。

 アーセナルのサッカーは、本当のところはどうなのか。当時の印象は、あくまでテレビ画面越しのもの。ナマで見た実感ではなかったので、それ以上、言及することは控えたのだが、ナマを見てしまうと、さすがにそうはいかなくなる。言わずにはいられない、とはこのことだ。

 「過去にこんなチームはあっただろうか」とは、スペインリーグ開幕戦、ビジャレアル対マドリーを見た後の後者に対する感想だが、アーセナルにも同じ思いが頭を過ぎった。チャンピオンズリーグ第3週、アーセナルホームで行われた対スラビア・プラハ戦を観戦した直後である。マドリーを見た後にそう思ったわけだから、少なくともインパクトという点では、アーセナルの方が上回ったことになる。

 一糸乱れぬ動きとはこのことを指すのだろう。俯瞰で眺めた文字通りの4-4-2は、集団性という点で完璧な調和を見せていた。プレッシングも完璧なら、サイドアタックも完璧だった。両サイドバックと、両サイドハーフが、コンビネーションでサイドを駆け上がる。そこでボールが詰まれば、セスク・ファブレガスを経由して、即、逆サイドに展開される。逆のサイドハーフも、ライン際にしっかり開いているので、そのサイドチェンジは、高い位置で決まる。効果的なのだ。おのずとそこにタメが生まれる。スペースもあれば、スピードに乗る環境にも恵まれている。サイドバックにとっては、攻撃参加の絶好のタイミングが訪れることになる。

 真ん中ありきではない。まず外。サイドありきのサッカーだ。右そして左。ピッチ上をボールがスピーディに横へ移動すると、真ん中にスペースが生まれる。2トップが活躍する環境が整うことになる。

 そして、その2トップの動きがまた完璧だった。スラビア・プラハの4バックは、いわゆるゆりかごの動きで左右にズレながら最終ラインを固めるのだが、その動きの逆、逆に計算されたように流れるのだ。まさにギャップを突くように。

 その4-4-2は、ともすると2-4-4に見えるほどだ。横幅がある上に、最終ラインも高い位置をキープするので、布陣が描く全体図は、縦長ではなく横長。縦幅30mに対し横幅68mの中にフィールドプレイヤー10人が2-4-4に近い4-4-2を描いたのである。90分を通して。プレスが決まるのは当然だ。

 セスク・ファブレガスを中心とするサッカーであることは間違いない。しかし、彼は攻撃の起点ではない。基点と言った方が正確か。いずれにしても、彼のイマジネーションでゲームが組み立てられているわけではない。彼もまた基点というコマの一員に過ぎないのだ。横攻めを意識したコマに100パーセントなりきっているのだ。

 ベンゲル監督がコンピューターにインプットしたプログラム通りの動きを、10人のコマが忠実に実行しているのが現在のアーセナル。

 まさに図面通り。計算通り。誰かが、コマの一人であることにいたたまれず、身勝手なプレイに及ぶことはない。マスゲームを見るかのような完璧チームワーク。

 これぞ、究極のシステマチックなサッカーだと言いたくなる。結果は、アーセナルの7-0。7点差の勝利は、2003年12月10日、ユベントス対オリンピアコス戦と並ぶ、チャンピオンズリーグ記録タイ。スラビア・プラハがキレてしまったわけでもないのにだ。

 選手の個人能力を比べれば2-0、せいぜい3-0が妥当な線になる。7-0までスコアが開いてしまった理由は、物事を計算通りに進めた結果だ。ゴールをしゃかりきになって奪いに行ったわけではない。プログラム通りのプレイをしていたに過ぎなかった。気がつけば7ゴールが生まれていた。そんな感じだ。3点奪ったところで手を抜く、武士の情けまでは、プログラムにインプットされていなかったのだ。

 アーセナルのサッカーは、生意気を言えば僕の理想のサッカーと100パーセント一致する。普段、サッカーはこうあるべきだと思っている理想的な姿が、エミレイツ・スタジアムのピッチにそのまま描かれていた。ところが、これは素晴らしい! とは、思わなかった。不思議なことに。サッカーを見る本当の意味での喜びが湧いてこないのだ。一言でいえば無機質。その完璧なるシステマチックな美に対して、感情移入ができにくいのだ。トータルフットボールだ! と言う気にはなれない。

 色気はない。しかし強い。穴もなければ隙もない。優勝候補の本命だと言わざるを得ないのだ。少なくとも、今のところ。

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