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アルゼンチン神話。 

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酒巻陽子

酒巻陽子Yoko Sakamaki

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posted2008/09/25 00:00

アルゼンチン神話。<Number Web> photograph by AP

 「グランデ・ジョカトーレ」

 試合後、スタジアムを後にするミランの名誉会長ベルルスコーニ伊首相がラツィオの新人FWマウロ・サラテ(アルゼンチン)を絶賛した。チームの監督やオーナーが所属選手に対して「グランデ(素晴らしい)」と称えることはあっても、敵の会長が、ましてや4−1で大敗したチームの選手にこのような賛辞を贈ることは非常に珍しい。

 ミランが今季負けなしのラツィオから4ゴールを奪って初勝利を手にしたものの、サラテの優れた得点能力とフィジカルの強さ、試合運びの上手さは、圧倒的な数を誇るミランサポーターの目だけでなく、ミランの「ドン」の目を釘付けにしたのは確かである。リーグ開幕からゴールを連発しているサラテは、ルーキーながらセリエAの殿堂とされる「ジュゼッペ・メアッツァスタジアム(通称サンシーロ。ミランとインテルの本拠地)」でもヒートアップ。一人で局面を打開する突破力で、その日もネットを大きく揺らした。相手の守護神から奪った一発で自身のゴール数を「4」に更新、セリエAでプレーする一流選手を凌いで得点ランキング1位に躍り出た。

 今季リーグ2試合を消化した時点で、優勝候補の本命に推するビッグクラブが開幕から苦戦を強いられる波乱があった。驚異的なまでの攻撃で開幕当初から強さを誇示したのは中堅クラブ。その中でも、イレブンのアルゼンチン人選手への揺るがぬ信頼感で好発進したのがラツィオである。ラツィオには国際的なスター選手はいないが、チームはそれでもひたむきな姿勢で戦うことを随一とし、今シーズンは21歳のサラテの快進撃がきっかけで、早くもリーグ優勝候補の壇上にもあげられている。

 ピッチで華麗に舞うサラテを観ていてつくづく感じるのは、セリエAにて「アルゼンチン神話」は生きていることだ。シボリを初め、マラドーナ、カニージャ、バティストゥータ、バルド、ベロンなど多くのアルゼンチン人選手がセリエAにて功績を残した。得点感覚の高さ、そして鋭い戦術眼をいかした精力的な動きは、アルゼンチン人選手としての絶対条件なのだろうか。昨シーズンもこのコラムで当時新加入したラベッツィ(ナポリ)の“凄み”を綴ったように、彼らのプレーに対する余裕の表れが、ルーキーにしてド派手な発進に繋がっているような気がする。

 通常、セリエAの新人に課されるテーマは攻守面の構築と熟成。とりわけイタリア人監督の大半は試合を消化するたびに懸念材料を挙げる傾向にあり、厳しいチェックがルーキーの、特に欧州国出身の選手のプレーを躊躇させてしまうのだ。ところが、先行逃げ切りを重視する勝負強さが自然に備わっているアルゼンチン人選手に限ってはそんな「手詰まり」になることはない。それどころか、首脳陣の薫陶によりチームは序盤戦をスムーズに戦えるコンディショニングを持つ、というのが彼らの感想だ。これがセリエAにおけるアルゼンチン人プレイヤーのあり方であり、「決定者」の神話を生むのだ。

 先週、インテルがアルゼンチンの至宝・マラドーナをフロントとして迎えた。47歳のマラドーナはモラッティ会長に「南米選手の発掘に携わりたい」と直談判。スカウトのような働きをすることでセリエAに帰還したのだった。一時は薬物問題やアルコール依存症など健康を害し、イメージを落としたマラドーナであるが、祖国がカルチョの国のリーグに相応しい人材を供給できる土壌であることを誰よりも知っている人物だ。今なおセリエAに根付くアルゼンチン人選手のカリスマ性。今後は金の卵を探しあてるマラドーナのお手並み拝見である。

マウロ・サラテ
ラツィオ

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