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新しき才能とチャンピオンの嫉妬 

text by

海老沢泰久

海老沢泰久Yasuhisa Ebisawa

PROFILE

photograph byMamoru Atsuta(CHRONO GRAPHICS)

posted2007/07/26 00:00

新しき才能とチャンピオンの嫉妬<Number Web> photograph by Mamoru Atsuta(CHRONO GRAPHICS)

 今年はF1を見るのに久々に熱がはいっている。

 この10年ばかりはそうでなかった。あるときはデーモン・ヒル、あるときはミカ・ハッキネン、過去2年はフェルナンド・アロンソがチャンピオンになったが、真にF1に君臨していたのはミハエル・シューマッハ1人で、彼らはシューマッハのまわりをぐるぐる回る衛星のようなものにすぎなかった。レースの興味は、誰が勝つかではなく、シューマッハが勝つか負けるかということだけだったのである。だから、すくなくともシューマッハにまったく感情移入できなかったぼくには、面白くも何ともなかった。

 だが、今年はマクラーレンにルイス・ハミルトンという22歳の新人があらわれた。しかも、ただの新人ではなく、デビュー戦のオーストラリア・グランプリから第8戦のイギリス・グランプリまで8戦連続で表彰台に上がり、第6戦のカナダと第7戦のアメリカでは優勝までしてしまった新人だ。

 むろん、目下のところチャンピオンポイントでもトップを走っている。初めからマクラーレンという強力なチームのマシンに乗っているとはいえ、アラン・プロストもアイルトン・セナもシューマッハも1年目にはできなかったことだ。

 こういう若者があらわれると、チームメートになった者はつらい。自分のほうが格上だと思っている場合はなおさらだ。

 1988年と89年に同じマクラーレンでチームメートになったプロストとセナのことを思い出す。

 当時、プロストは2度チャンピオンになっていたが、セナは無冠だった。だが、88年にセナが初タイトルを取ると、プロストは翌89年につぎのようにいいだした。

「どうしてぼくにもセナと同じエンジンを与えてくれないんだ。ぼくのエンジンはあきらかにセナのより劣っている」

 当時、マクラーレンにはホンダがエンジンを供給していた。

 そこで、マクラーレンとホンダは、2台のレース用エンジンのどちらを2人のマシンに載せるかクジ引きで決めるという苦肉の策をとったのだが、それでもプロストのセナに対する確執は収まらず、鈴鹿のシケインでついに接触、セナが危険運転のかどで失格にされてプロストがチャンピオンになるという事態になった。もっとも、90年には、フェラーリに移ったプロストを、こんどはセナが鈴鹿のスタート直後の第一コーナーではじきとばして2人ともリタイヤすることによってチャンピオンを決めている。

 ハミルトンのチームメートはアロンソだ。アロンソも過去に2度チャンピオンになっているにもかかわらず、ハミルトンがカナダで初優勝して自分がおくれをとりはじめると、母国のスペインのラジオ局でつぎのように不満をぶちまけたのだ。

 「マクラーレンはイギリスのチームだ。だから、イギリス人のハミルトンを自分よりも優遇している」

 プロストとまったく同じだ。

 ぼくは、プロストのときと同じく、チャンピオンの若い才能に対するジェラシーにまったく同調しないが、アロンソとハミルトンのあいだに火がついたことはまちがいない。だから、こんどはどんな結末になるのか目が離せないのである。

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