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再び手術に挑む“ガラスのエース”。
斉藤和巳の止まってしまった時間。 

text by

田口元義

田口元義Genki Taguchi

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2010/02/11 08:00

再び手術に挑む“ガラスのエース”。斉藤和巳の止まってしまった時間。<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

1998年に右肩に初めてメスを入れ、今回で手術は3度目となる。昨季まで2シーズン連続して全休だった斉藤。今季の復活も難しいと噂されているが……

 見たい選手が見られないのは残念だ。

 アリゾナでの自主トレの模様がテレビに映し出された際の彼の表情は明るく、「今年こそは」と安心させるものがあった。

 春季キャンプでは、二軍選手中心のB組でのスタート予定とはいえ、久々にユニフォーム姿が見られると期待を募らせた。

 復活を誓っていたソフトバンクの斉藤和巳が右肩腱板修復手術に踏み切ることが報道されたのは、キャンプ直前の1月31日のことだった。

 右肩の状態はまだ深刻だったのだ。

エースなのに2年以上も実戦登板が無いという屈辱。

「いくらトレーニングに励んでも(右肩の)状態が上向かないもどかしさは想像を絶するものでした」

 これは球団広報を通じての斉藤のコメントだが、他者を介したものでも、十分すぎるほど言葉に重みが感じられた。'08年1月に右肩関節唇修復手術を受けて以来、2年以上も実戦登板から遠ざかっているどころか、まともに投球ができずにいる。チームの大黒柱、絶対的なエースと呼ばれる斉藤にとって、これほど苦しいことはないだろう。

 その心情は、同じく31日のブログに切々と綴られている。

<「投げたい」という気持ちが、少しも変わってない事を再確認し、可能性が高くない事は自分でも分かっていますが、先を考えると、凄く険しい事もわかった中で、もう一度そこに立ち向かおうと、決心しました>

 投手にとって利き腕の故障は致命的だが、なかでも肩は選手生命をも左右する重大な箇所。多くの時間を費やし丹念にリハビリを続けても、全盛期のボールが投げられる保証はどこにもない。

 これまで、そんな選手を何人も見てきた。特にあのふたりは……現在の斉藤のように実績と怪我がクローズアップされた選手だった。

今中慎二、川崎憲次郎はついに完治することなく消えた。

 ひとりは元中日の今中慎二。

 17勝を挙げた'93年から4年連続で2ケタ勝利をマーク。150キロ近くの速球と100キロ前後のスローカーブを武器とした天才投手だったが、'97年の自主トレ中に左肩に違和感を訴え手術を決断。以後、故障と戦い続けたが完治することなく'01年に引退。

 もうひとりは川崎憲次郎。

 ヤクルトでエースだった男も、'01年に中日へ移籍してからは右肩の痛みに苦しんだ。チームではエースを意味する背番号20を与えられながらも、3年間で一軍登板はゼロ。04年に開幕投手を務めたが往年の球威を取り戻せず、同年に現役を退いた。

<次ページに続く>

► 【次ページ】  不安や苛立ち焦燥感……プロとしての地獄の苦しみが続く。

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