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From:キエフ「『親善マッチ』が似合う試合」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2005/10/18 00:00

From:キエフ「『親善マッチ』が似合う試合」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

久しぶりに訪れたキエフで見た「ウクライナVS.日本」の親善試合。

ジーコ監督は切れながら「記憶から消し去りたい」と捨て台詞を吐いたが

気分の晴れない展開でも、別の意味で忘れられない試合となった。

 キエフにやってきた。久しぶりだ。98〜99シーズン以来になるので7年ぶりになる。そのシーズンの僕は、キエフ付いていて、訪問回数は3度を数えた。実際は4度なのだけれど、その話は後回しにするとして、目的はいずれもディナモ・キエフ絡みだった。

 ガラス張りの寒くて暗い記者席に腰を掛けると、当時の思い出が次第次第に蘇ってくる。最後に観戦した一戦は、これぞ名勝負と言いたくなる試合だった。ディナモ・キエフ対バイエルン。チャンピオンズリーグ準決勝のファーストレグだ。

 内容的には、ディナモ・キエフが断然勝っていた。スコアでも、後半の途中までバイエルンに対し3−1でリードを奪っていた。決勝進出は現実味を帯びていた。だが、バイエルンはそこから立て続けに2ゴールを奪い、3−3の同点に追いついた。続いて、ミュンヘン・五輪スタジアムで行われたセカンドレグは、1−0でバイエルンの勝ち。ディナモ・キエフの決勝進出は夢と消えた。

 カンプノウで行われた決勝戦は、マンチェスターUがまさかの大逆転でバイエルンを下し、欧州チャンピオンに輝いたが、あのシーズン最も印象に残ったチームは、やはりディナモ・キエフとなる。第1戦で3−1とリードした時、もう少し上手く戦っていれば、優勝はディナモ・キエフの頭上に輝いていたに違いない。

 一方、そこから2点を奪ったバイエルンには、伝統の力を感じた。ゲルマン魂の真髄を拝んだ気もした。

 それから3年後の2001年、バイエルンのメンバーを何人か含むドイツ代表は、当時のディナモ・キエフ同様、シェフチェンコが全軍をリードするウクライナ代表に、会心の勝利を収めている。2002年W杯予選の欧州地区プレーオフの話だ。僕はドルトムントの「ヴェストファーレン」で、そのセカンドレグを観戦しているが、この時も、ゲルマン魂は炸裂した。いきなり3点を連取し、初出場を狙うウクライナを木っ端微塵に叩きのめした。

 だが、ウクライナはその4年後、念願のW杯初出場を決めた。本大会の舞台はドイツだ。7年前のディナモ・キエフ対バイエルン戦から引きずるウクライナ、ドイツ両国の関係を、共和国スタジアムの記者席でいま思うと、なんだか、とても厳粛な気持ちになる。来年の本大会で、もし両国が再び顔を合わせることになったら、僕は迷わず現場に駆けつけるつもりでいる。

 そうこうしているうちに、試合が始まった。ウクライナ対日本。キックオフは水曜日の夕方5時で、天気は雨。ウクライナは2軍。もちろん、シェフチェンコの姿はベンチにも見ることができない。理由は風邪らしい。スタンドも、当然のことながらガラガラだ。うーーん。

 試合が終わっても、僕の気分は少しも優れなかった。試合前より悪化した様子だ。試合終了の笛が鳴るや、ジーコはラトビアの審判団の元へ血相を変えて詰め寄った。日本サッカー協会のY氏やT氏が懸命に制止を図ったが、無駄だった。その様子をピッチ脇から望遠レンズで覗いていたカメラマン氏の報告によれば、ジーコは品の宜しくないゼスチャーを交えながら、審判団に向かって捨てぜりふを何度も吐いたのだそうだ。

 ジーコは試合後の記者会見の席上でも、主審の判定に終始ケチをつけたあげく「今日の試合のことは、記憶の中から消し去りたい」とまで言い放った。一方、ウクライナのブロヒン監督は「一人の人間として、ジーコの気持ちは分かる。しかし、試合をコントロールしていたのは、我々の方だ」と、胸を張った。

 このアウェー戦が、ウクライナが日本側の申し出をしぶしぶ飲んで実現した一戦であることは、現場の状況を察すれば一目瞭然だ。親善マッチという言葉がよく似合う、スパーリングマッチ以外の何ものでもなかった。勝った負けたより、大切なのは内容。その点において日本は、ウクライナに完敗したにもかかわらず、ジーコは切れちゃった。「記憶から消し去りたい」とまで言った。その姿はウクライナ人には映っただろうか。

 なんてことを想像しながら、スタジアムを後にしようとしたその時だった。ウクライナ人の美人女性記者(注:この国の女性は大抵が美人)が、僕の元に駆け寄ってきた。その瞳は、僕の眼鏡の奥を真っ直ぐに見据えていた。訴えかけているようでもあった。「これからお食事でもどうですか?」。もちろん、そんな甘い言葉を掛けられたわけではない。「今日の試合をどう思いますか。やっぱり、あなたも、ジーコ監督と同じように、記憶から消し去ってしまいたい試合だと思っているんですか?」。吃驚仰天した。彼女の問いに、胸を射抜かれた気分だった。逆に、忘れられない試合になった。

 ウクライナ株も上昇した。何を隠そう僕は、7年前、ウクライナを強制退去させられた経験がある。キエフの空港に到着し、イミグレーションを通過しようとしたところ、このビザでは入国できないと、入国を拒否され、ドイツから乗ってきた飛行機の機内に戻され、再びドイツに舞い戻ることを余儀なくされたのだ。ウクライナ大使館が何かの手違いで、希望したものと異なるビザを発給したために起きた出来事で、僕自身が何か悪いことをしたわけではないのだけれど、それ以来、ウクライナには良い印象が持てずにいた。僕のような善良な市民を、全否定するとはけしからん国だ。その思いは今日まで続いていた。

 まっ、そういう意味では、ジーコの取った好ましからざる振る舞いは、僕の捻れた思いを元に戻す良い機会になったと言える。少なくとも、僕にとっては、良い「国際親善」マッチになった。それにしてもだ。あの女性記者は美人だったなー。

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