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岡田ジャパンの憂鬱。 

text by

海老沢泰久

海老沢泰久Yasuhisa Ebisawa

PROFILE

photograph byTakuya Sugiyama

posted2008/07/22 00:00

岡田ジャパンの憂鬱。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

 先日の新聞に、サッカーの日本代表の集客力が低下し、サッカー協会の07年度の決算が赤字になったという記事が出ていた。

 じっさい、昨年あたりから代表の試合のスタンドは空席が目立つようになり、今年5月のキリンカップのパラグアイ戦にいたっては、6万人以上入る埼玉スタジアムにスタジアム史上最低の2万7998人しかはいらないということも起きた。つねにスタンドが満員になったトルシエ監督やジーコ監督のときにくらべると、ひどい落ちこみようなのである。

 しかし、それも仕方のないことだと思う。この欄で代表の試合が面白くないと書いたのは、オシム監督に代わってほどなくの06年11月のことだったが、ぼく以外の多くのファンもきっと同じ思いでいるのだろう。

 オシム監督は、ジーコ監督がつくったスター選手揃いの代表がドイツワールドカップで惨敗したのを受けて、彼らスター選手の多くを外して、無名の若い選手たちで代表をつくった。オシム監督は旧ユーゴスラビア代表の監督をつとめたときにも同じことをして、1990年のイタリアワールドカップでベスト8になった成功体験を持っている。しかし、日本ではそれはうまくいかなかった。

 「人もボールも動くサッカー」

 オシム監督はそれを目指した。

 全員がパスを出しては動き、動いてはまたパスをもらうという、実現すればじつに美しいサッカーだ。しかし、無名のオシムの選手たちはいわれたとおりにパスを回し、走りもしたが、どうすれば相手の意表を突けるかというアイディアを持っていなかったために、いつも最後は疲れ果ててしまい、アジアチャンピオンにもなれなかった(ぼくはジーコの時代がなつかしい。ジーコは、無能だの無策だのとずいぶん批判されたが、ジーコの選手たちはいつもとんでもないアイディアで試合をひっくり返してアジアチャンピオンになったうえに、ともかくワールドカップまで行ったのである)。

 あるいは、昨年の11月に脳梗塞で倒れなければ、オシム監督の美しいサッカーは実現していたのかもしれない。しかし、いまとなっては完全に不可能となってしまった。結果として、オシム監督のやったことは、スターのいない代表チームをつくったことだけになってしまったのである。監督の言うことはよくきくが、自分では何もできないチームだ。こんなチームのサッカーが面白いはずはない。

 そしてそのチームを岡田監督が引き継いだが、アジアの2次予選でのもたつきぶりがよく示しているように、ますます迷走しているように思われる。

 まず、岡田監督がどういうサッカーをしようとしているのかがよく分からない。

 「接近、展開、連続」

 これは監督就任の記者会見で語った言葉だが、もともとはラグビーの代表的指導者だった大西鐡之祐が編み出したラグビーの戦法についていった言葉で、岡田監督自身の言葉ではない。

 また、こうもいった。

 「世界をあっと驚かせるサッカーをする」

 これもジーコが代表監督になったときにいった言葉だ。ジーコがいったときにはみんなそれに夢を託してわくわくしたが、どんな言葉も二度目は色褪せる。

 つまり、われわれが岡田監督の口からきいたのはみんな第三者が語った言葉で、本人自身の言葉ではないのである。だから、われわれはその第三者たちが何をしようとしたのかは知っているが、岡田監督が何をしようとしているのかは知らないのである。これでは、そのサッカーに感情移入することも想像力をはたらかせることもできない。

 代表の集客力の低下は、不思議なことでも何でもないのである。

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