佐藤琢磨 グランプリに挑むBACK NUMBER

バックミラーというプラスアルファ 

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西山平夫

西山平夫Hirao Nishiyama

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photograph byMamoru Atsuta(CHRONO GRAPHICS)

posted2006/03/22 00:00

バックミラーというプラスアルファ<Number Web> photograph by Mamoru Atsuta(CHRONO GRAPHICS)

 1時間30分余の戦いを終え、マシン保管場所からいちばん遠いスーパーアグリF1のガレージまでユックリと歩いて来た佐藤琢磨を、鈴木亜久里オーナーは抱擁で迎えた。

 「凄かった、今日の琢磨は!あんな戦いができるようなポテンシャルはないんだよ、ウチのクルマに。琢磨がポテンシャル以上のものを引き出してくれた」

 22台中最も非力なマシンで14位完走を果たしたばかりか、レース前半、いま“最も近い敵”であるミッドランドを抑え、その後強大なトルクを誇る3リッターV10エンジン搭載のトロロッソ駆るリウッツィに抜かれたものの、最終コーナーでクロスをかけて抜き返すファイティング・スピリットを見せた琢磨に、鈴木亜久里は絶賛の言葉を連ねた。

 エンジン交換のペナルティで後位に下がるマシンを4台数えたこともあって17位スタート。1週間前のバーレーンからハードウェアで変ったのは後方が見やすくなったバックミラー。たかがミラーというなかれ、迫ってくるのが抜かせてもいい速い敵か、それとも同周回を争うライバルかを判別するためにこれは重要な武器だった。

 スタートはすばらしく、1コーナーまでにミッドランドの2台を料理。しかし「1コーナーに入ってからは大事に行った」のは、このレースの主目的が開幕戦バーレーンと同じく、あくまでも走り切ることにあったからだ。

 マレーシアでの琢磨はまずディフェンスに冴えた技を披露。車重が重く、ダウンフォース不足でブレーキングと高速セクションで圧倒的に他車に劣るSA05マシンでは防戦にも限度がある。しかし「抜かれるにしても、ただじゃ抜かれない」と決意してレースに臨んだ琢磨は、たとえば後方から格上の速いマシンと下位グループのマシンが連なって来た場合、前者はスンナリ前に出すが、ついでに抜こうとする後者はピタリと抑えてみせた。さすがF1フルシーズン3年を戦って来た経験はダテじゃない。鈴木亜久里が「今年の琢磨は去年までの琢磨と違う」と評価するのも頷けた。

 圧巻はリウッツィが迫って来た時のインタープレイ。数周にわたって抑えた後、いったんは抜かれるが、バックストレッチでスリップストリームを使ってインからオーバーテイクしたのだ。琢磨は「なにかの間違いじゃないかと思いましたが、あそこまで行って引くのはね(笑)」と言う。パフォーマンスの差でいずれ前に出られるのは仕方ないにしても、それまでは徹底的に戦うというそのオフェンス魂が、観ている者すべてに強いインパクトを与えたシーンだった。その奮戦に応えるように、バーレーンではバタバタだったピットワークにもミスが出なかった。

 単に走り切っただけでなく、できることはすべてやり、持てるもののすべてを出し切って戦う姿勢をみせた琢磨に「できるだけ早く速いマシンを与えなきゃと思ったよ」と、鈴木亜久里は言う。

 マレーシア決勝の夜、いったんヨーロッパに戻った琢磨は、モナコで子供の顔を見た後日本に立ち寄り、そこから第3戦オーストラリア・グランプリ舞台のメルボルンに飛ぶ。

 「残念ながらクルマは変えられませんが、少しでもクルマを速くしたい。幸いメルボルンのコースは直線と小さなコーナーが多く、高速セクションが少ないのでここより接近できると思います」

 薄暗かったトンネルを抜け、いよいよ“琢磨のレース”が始まったようだ。

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