チャンピオンズリーグの真髄BACK NUMBER

多国籍軍が勝利した。 

text by

杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byMichi Ishijima

posted2005/06/02 00:00

多国籍軍が勝利した。<Number Web> photograph by Michi Ishijima

 ベニーテス監督は後半の頭から、右サイドバックのフィナンを下げ、守備的MFのポジションにハマンを投入した。自ずと布陣は4−2−3−1から3−3−3−1へと変化した。リバプールの反撃は、このアイルランド代表DFとドイツ代表MFの交替を機に始まったといっても過言ではない。

 延長に突入し、ミランに反撃を許すようになると、ベニーテスはイングランド代表のジェラードを右の「ウイングバック」のポジションにコンバートした。同じくイングランド代表DFのキャラガーが、右足に痙攣を起こし、右サイドの守備に問題が生じたためだが、リバプールは以降、5バックと紙一重の日本風「3バック」で、ミランの攻撃を耐え忍ぶことになった。

 らしくないスタイルを余儀なくされた原因は、3枚ある交替カードを、早々に使い切っていたことにある。豪州代表のハリー・キューウェルが前半の途中で故障し、チェコ代表スミチェルと交替せざるを得なかったことは、ベニーテスにとって大きな誤算だったに違いない。

 延長後半28分、シェフチェンコのヘディングシュートを、クロスバーとドゥデクの攻守が阻んだ。ウクライナ代表CFが放った決定的な一撃は、ポーランド代表GKによって阻まれた。

 リバプールの選手たちが占める表彰台の上では、スペインの国旗も揺れていた。シャビ・アロンソ、ルイス・ガルシア……そして監督のベニーテス。リバプールには計5人のスペイン人選手がいた。

 記者席後方の一般席に目をやると、ブルーと白のフィンランド国旗が靡いている。ノルウェーの小旗も靡いている。

 決勝のピッチに立った両軍選手のナショナリティは、あわせて17か国に及ぶ。その3週間前、準決勝、PSV対ミランが行われたフィリップス・スタジアムには、大きな韓国国旗も存在感を露わに揺れていた。この事実は、2006年W杯アジア予選をもカバーするこちらには、とても重くのしかかった。

 W杯を4年に一度行われる国別対抗戦とすれば、チャンピオンズリーグは都市対抗戦という位置づけになる。しかし、そこにも国別対抗戦の要素が存分に含まれていることは確かな事実。日常行われる国別対抗の個人戦という見方も十分に成り立つ。そして、万国旗ひしめくその中に、日本を連想させるモノは一切ない。

 過去、チャンピオンズリーグに出場経験のある日本人は、小野、鈴木、稲本の3人のみ。日本代表選手の個人戦における経験不足は目に余る。

 ジーコが絶大な信頼を寄せる中田英は、パルマの一員として、'01〜'02シーズンの予備予選の3回戦に出場した。ローマからパルマに移籍したシーズンだ。パルマは本戦出場を見越していたからこそ、ローマに30億円を超える移籍金を支払い、中田英を獲得した。通算スコア1−2でリールに敗れたこの一戦は、パルマ及び中田英の転落と深い関係がある。

 極端な言い方をすれば、普段、個人戦で日本人選手が大活躍していれば、4年に一度の団体戦で、予選落ちしても救いはある。癒される機会はいくらでもあるし、次回への期待も抱くことができる。優秀な人材を他国へ送り込んでいるチェコやオランダはその筆頭格になるだろう。

 民族意識を高揚させる対象が団体戦のみに限られる日本の現状は、けっしてバランスの良い状態にあるとはいえない。団体戦に敗れれば、何も残らない。絶対に負けられない戦いになってしまう大きな原因だ。

 代表強化も良いけれど、それ以上に必要なのは選手個々の強化だ。ベスト8とかベスト16とか、目標をW杯の成績だけに据えていては時代から取り残される。世界と一緒に遊んでもらえるのが4年に一度きりでは、あまりに寂しい。日本には、普段から輪の中に交えてもらう努力が必要だ。僕はイスタンブールで、妙な孤独感に苛まれた。

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