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From:TOKYO「帰国してドイツを思う。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2005/07/11 00:00

From:TOKYO「帰国してドイツを思う。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

ドイツは僕好みに変わった、

これまで癒された韓国、ポルトガルのように。

来年、4年周期の波がそこで寄せる。

 オランダ、ドイツの旅から帰国。そして僕は、心地良いハウス系が重低音で響く自宅リビングで、ゆったりとした深夜のひとときを満喫している。ふと、3年前の出来事が蘇る。正確に言えば、その5、6日前。横浜でブラジル対ドイツ戦の決勝を観戦し、深夜に帰宅した時も、今日のように外はしとしと雨降りだった。

 時の流れは恐ろしく速い。ゆったりした気分を味わっている今、なおさらそう感じる。もう「4分の3」が経ってしまったわけだ。正直に言えば、今回、ティルブルグとニュルンベルグで、2日続けてブラジル対ドイツを観戦した際に、そのことを実感していたのだった。Wユース準々決勝と、コンフェデ杯準決勝の現場で、だ。ブラジル対ドイツを最後に生観戦したのはいつ以来?と、自分自身に問いただせば、3年前の出来事が巻き糸を手繰るように蘇ってきたのである。日本と韓国を往復した日韓W杯の旅が、いまとても懐かしく感じられる。

 全州や光州といった韓国の地方都市が何といっても良かった。今月末から始まる東アジア選手権では、全州も会場の一つに含まれている。確か、韓国対北朝鮮戦が組まれていたはずだが、それを考えると、途端に思いは全州へ飛ぶ。その市内を流れる川の脇道を歩いていると、高校の修学旅行で訪れた、島根県は津和野の風景が、ふと蘇ってきた。それこそ高校時代に舞い戻ってしまったような、奇妙な感覚に襲われた思い出がある。

 昨年ユーロ2004の取材で出かけたポルトガルも、遠い昔を想像させてくれる国だった。路地を歩いていると、プーンと焼き魚の匂いが鼻を擽るあの感じは、瀬戸内海の港町にそっくりだし、昼の定食に出てくるおじやは、曾お爺さんぐらいの世代の日本人が、食べていたとしても不思議はない懐かしくも昔っぽい味だった。

 韓国、ポルトガルは、親近感を抱かせてくれる癒し系の国。じゃあいったいドイツはどうなのか?

 そこから帰国したばかりの僕は、そのでかい図体を思いだしてしまう。スタジアム行きの満員電車に乗ると、息苦しさに襲われた。そのうえ熱い。彼らの基礎体温が、我々よりもずっと高いことを思い知る瞬間だ。暑苦しいうえ、表情にも笑顔にも乏しい強面だ。癒し系では全くない。食事も全体的に低調だ。

 しかし、コンフェデ取材を経て、僕のドイツ株はだいぶ上昇した。この国のマトモさを、再認識した次第である。電車がほぼダイヤ通りキチンと運行される。旅行者にとってこれは、何より嬉しい点だ。常にハラハラしていなければならないイタリアやイングランドとは、180度異なる歓迎すべき移動環境である。まさに日本的。順番を待つ列を抜かすようなズルもいないし、スリやかっぱらいも少なそうだ。厳格さの良い面が、安心感、信頼感を生み出している。

 その強面も、ずいぶん和らいできている。社会がEUになり、外国からたくさん人が入ってきたこともその原因だろう。ギリシャ人やトルコ人たちが、そこで果した役割は大きいのかも知れない。

 かつてドイツ人は、横断歩道の信号をきっちり守る人種だった。「日本人は、車が来なくても、信号が赤なら、絶対に横断しない」とは、トルシエ前監督の台詞だが、かつてのドイツ人は、間違いなくその日本人の上をいく、悪く言えば、融通の利かない人たちだった。'88年欧州選手権の大会期間中、僕が、信号無視をして横断歩道を渡ろうとした時のことだ。足を一歩踏み出せば、僕は洋服の裾を何者かに捕まれた。ギクリとして振り返ると、少年がメッとした顔で、僕を睨み付けていた。

 そんなドイツ人もいまや、涼しい顔で横断歩道の信号無視をするようになっている。良い意味のいい加減さ、剛と柔のバランス感覚が備わりつつある何よりの証拠だと僕は見る。実際に今回、優しい柔和な表情に、何度となく触れることができた。ドイツは確実に僕好みの国に変化している。

 3年前の韓国、1年前のポルトガル。そして1ヶ月後の韓国に1年後のドイツ。僕は、ハウスと雨音が共鳴する深夜、体内に絶対的なリズム感覚として刻み込まれている4年周期の波について、思いをいろいろ巡らしている。

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