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From:テヘラン(イラン)「男だらけのスタジアム」 

text by

杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2005/04/05 00:00

From:テヘラン(イラン)「男だらけのスタジアム」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

黒星を喫したイラン戦。アザディ・スタジアムには

男だらけの息苦しい「気」がたちこめていて

青い集団が一瞬マトモに見えてしまったほどだ。

 3千人ぐらいはいたと思われるブルーの集団は、とても整然として見えた。上品そうでもあり、利口そうでもあり、爽やかそうでもあった。アジアの果ての遠い国からやってきた人たちというより、違うお星様からやってきた人たちといった感じで、そのマトモそうな感覚を持った人間たちで占められる一角は、他とのスタンド風景とは決定的に違っていた。

 キックオフの5時間前、すなわち現地時間の午後1時に、スタジアムを訪れれば、スタンドはもうすでにぎっしり満員の状態だった。2階席がタダで解放されたこと、時期が、現地の正月と重なったことも影響したのかも知れないが、それにしても常軌を逸した異常なスタンド風景であることに変わりなかった。

 僕が一般席との境目がない暫定的な記者席に腰を据えたのは午後3時40分。キックオフの2時間20分前である。それでも、報道関係者の中では、1、2を争う入場の遅さで、もう少し遅れていれば、入場できなかった可能性さえあった。2時間以上も前に着席しなければならなかったためしなど、過去の観戦をいくら探っても思い当たらない。そのうえ、一度席に着いたら、辺りを簡単に彷徨くこともできない。おまけに標高1200mの高地なので空気も薄い。前夜、満席のイラン航空で到着したばかりの身には、なおさら堪えた。

 アザディ・スタジアムの収容人員は10万人と伝えられていたが、実際はどうみても7万人ほどだ。器からは、たいしたことない印象を受けるが、そこに定員をはるかに超える観衆が詰めかけたことは事実で、その無秩序な密集から放たれる「気」は、それこそ10万人級のパワーだった。いやそれ以上の息苦しさだった。

 会場を埋めたイラン人の中で、入場が許されたのは男性のみ。聞けば、イラン女子代表のみ特例が認められたというが、息苦しさを感じさせる「気」が立ちこめている原因が、男ばっかにあることは明白だった。

 何を隠そう僕は、誰かサンたちのような女好きではない。女嫌いとまでは言わないけれど、へんてこりんな女性と関わるなら、マトモな男性と関わっていた方が遙かに気分は優れるタチなのだが、この記者席に座ると想いは一変する。この世に女性が存在する有り難みがしみじみと実感できる。へんてこりんでも何でも良いから、このスタンドの中に女性を適量混ぜ合わせて欲しかった。

 柔らかさに欠けること著しい。和めない。剛と柔の拮抗したバランスが存在しないのだ。実際、とても男臭かった。こちらの男性独特のきつい体臭が、絶え間なく鼻孔を擽ると、いても立ってもいられなくなる。そしてその象徴みたいな髭の濃いけっして爽やかそうでない男性が、あちこちで馬鹿丸出しに騒いでいる。喧嘩して、ポリスに捕まったり、タダ観戦しようと、その制止を振り切り場内になだれ込んできたり、プレス対応の係員にしても、配布するプログラムを手渡しではなく、餅巻きのようなアクションでバラまいたり。末期的な匂いさえした。

 ブルーの集団が、とてもマトモな人たちに見えるそれこそが最大の原因だ。ゴール裏に陣取るその一角が、僕の目にはまるでオアシスのように見えた。できれば僕もあっちで観戦したい。普段なら絶対に思わない誘惑にふと襲われたりもした。 だが、試合が終わり、一歩スタンドの外に出れば、別の思いも湧くのだった。

 イラン人は、日本人である僕の姿を一目見るや、ほぼ全員が「1-2ジャポン!」と言って胸を張る。挑発している様子はない。他意なく歓びをストレートに向けてくる。子供も大人も老人も。こちらが「コングラテュエーション」などと反応しようモノなら、いっそう喜色満面になる。単純というか、ナチュラルというか、田舎者というか、誰もがとても可愛い人たちなのだ。日本人には持ち合わせていないメンタリティであることは確かだ。すると一転、ブルーの集団が、純正培養された味気ない集団に思えてくる。

 テヘランは、南米なんかより良い意味で遙かに遅れている。では、北中米カリブはどうなのかととたんに興味が湧く。僕の中には、日本がこのグループで3位になることを、密かに願う僕がいることも事実。やっぱり、いきなりドイツじゃあ、つまんない?

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