カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER

From:セビージャ「相手によりけり。」 

text by

杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

PROFILE

photograph byShigeki Sugiyama

posted2007/12/07 00:00

From:セビージャ「相手によりけり。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

スペイン・アンダルシアへCLを観戦に行った。

イングランドなどとは違い、気候は穏やかで料理も美味しい。

見たサッカーも面白く、完璧な観戦ツアーだったのだが……。

 13時20分、セビージャ空港着。バスで街のメイン・ステーションであるサンタフスタ駅を目指す。セビージャの本拠地「サンチェス・ピスファン」は、そこから歩いて10分弱の距離にある。

 予約したホテルはスタジアムの真横。というわけで、14時半には無事チェックインを済ますことができた。

 風邪の後遺症だろうか、僕は下腹部に不安を抱える身の上だったが、ホテルの部屋で一休みする気などまるで起きなかった。ちょうどランチタイムを迎えていたからだ。もしイングランドやドイツに来ていたら、そんな元気は湧かなかっただろうが、ここはスペイン。アンダルシアだ。少々お腹が緩くても、食欲を封印するのは損だ。ちなみに、スペインのランチタイムは14時スタート、ディナータイムは21時スタートだ。日本より2時間遅れのその食習慣と、僕の現地到着時刻とは、抜群の相性だったわけだ。

 サンタフスタ駅の目の前にある「カルロス・アルベルト」という大衆食堂に、さっそく足を運ぶ。ずいぶん前に、現地のコーディネーターさんに教えてもらった一軒だが、以来、この街を訪れるたびに、必ずや足を運ぶお気に入りになっている。

 何百席もある広々とした店内は、いつものように超満員。市場の競りを連想させるダミ声が、そこに威勢良く響き渡っていた。注文をキッチンに通すウエイターの声である。その男臭さ漂う荒っぽい感じに、食欲は無性に掻き立てられる。本物を手軽な価格で提供している証に思えるのだ。

 とりあえず、カウンターに腰を掛け、注文したのは、ゆでエビと小イカのフライ。うまい、うまい。そして締めはハモン・セラーノ。この味、アーセナルサポーターには分かるかな?

 ホテルに戻る途中、アーセナルサポーターを発見。オープンテラスのバールで、セルベッサ(ビール)を煽っていた。案の定、彼らのテーブルにはつまみの類は載っていない。ちゃんとアンダルシア料理は食べたのだろうか。

 彼らの出で立ちは半袖。それもそのはずだ。街中の温度計は20度を指している。そのうえ快晴だ。上空は雲ひとつ浮かんでいない。セレステブルーではなく、その蒼は黒ずんで見える。夏を連想させる濃い蒼なのだ。12月の足音がもうそこまで来ている中で味わうこのブルーは、ロンドン人のみならず東京人にとっても新鮮であり貴重だ。

 気分も緩み、思わず背筋を伸ばして深呼吸。身体も喜んでくれたはずだった。ところがそれを機に、下腹部がキューキューと騒ぎ出す。変なところまで緩んでしまったのだ。やばい。ホテルへ直行だ。

 サンチェス・ピスファンといえば、82年スペインW杯の名勝負、ドイツvsフランス戦を思い出す。シュティーリケがPKを外し、頭を抱えてうずくまった一戦であり、バチストンがシューマッハーと激突し、担架で運ばれ退場した一戦だ。ドイツが1−3から3−3に追いつき、挙げ句の果てにPK戦で、フランスを下した一戦である。

 かれこれ25年前、四半世紀も昔の話になる。当時、スタジアム周辺に大きな建物はなにもなかった。大通り沿いの空き地は、バスの駐車場に充てられていたのだが、いまではそこには、シネコンなどを併設するどでかいショッピングセンターが建てられている。大通り沿いから眺める限り、当時の面影を感じることはできないが、そこをくぐるように抜け、スタジアムを目の前に仰ぐと、懐かしさが急に込み上げてくる。少なくとも、スタジアムの外観は当時のままの姿なのだ。

 収容人員は4万5千人。当時はやけに大きく見えたスタンドも、いまや並み。チャンピオンズリーグの舞台としては決して大きくないサイズながら、雰囲気は抜群。

 「セビージャ♪、セビージャ♪、セビージャ♪〜」

 カチカチカチとタップを踏みたくなるような、フラメンコのリズムを基調にしたチームのテーマソングが流れると、こちらの旅情は最高潮に達するのだった。正面スタンドに座る年老いたジイさんまで、額に青筋たてて熱唱しているのだ。

 日本から遥か遠く離れた場所、日常とはかけ離れた空間であることがひしひしと実感できる。浪漫チックとはこのことを指す。

 で、試合だ。セビージャ対アーセナルの一戦はまさに大当たり。久々に見るハイレベルな好試合だった。結果は3−1。セビージャが勝利を収めたが、敗れたアーセナルもあっぱれだった。いつか僕は、アーセナルの試合は無機質でイマイチ面白くないと書いたが、それは撤回だ。相手に恵まれれば話は別。アーセナルサッカーの面白さは、セビージャによって浮き彫りになった。

 飯は美味いし、気候は最高だし、サッカーも文句なし。セビージャ訪問は完璧な観戦ツアーとなった。

 翌朝、ホテル出発は早朝5時。セビージャ空港からバルセロナ経由でリバプールを目指した。

 窮屈さを感じていた気分をリラックスさせる狙いだろうと僕は勝手に推測しているのだが、大抵の場合、飛行機が着陸して駐機場まで移動する間、機内のスピーカーから誰もが耳にしたことがあるスタンダードな音楽が流れる。リバプールのジョンレノン国際空港に到着したこの日は、少しばかり意表を突いた曲が耳を刺激した。そして乗客の間からは、その瞬間、思わず歓声と拍手が湧き起こった。

 「ジングルベル♪ ジングルベル♪」

 ナイスな選択センスに感激しながら、乗客たちはタラップを降りていった。

 しかしだ。吐く息は真っ白なのだ。気温は5度前後に違いない。小雨もぱらついている。セビージャとは正反対の泣きそうな空模様だ。期待はしていなかったが、ここまでとは……。すると突然、下腹がまたキューキューと騒ぎ出した。やばい。トイレだ、トイレ。時は12時半。まさに昼食時ながら、本日のランチは抜きにしよう。汚い話で終わってごめんなさい。

ページトップ