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プレミア名物監督の“ビッグ”な挑戦。 

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原田公樹

原田公樹Koki Harada

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posted2007/06/05 00:00

プレミア名物監督の“ビッグ”な挑戦。<Number Web> photograph by AFLO

 “ビッグサム”は就任会見の朝、颯爽とヘリコプターで新天地に降り立った。52年もリーグ優勝から遠ざかっている、古豪ニューカッスルに新時代をもたらすことを期待されている指揮官らしい登場の仕方だった。

 サム・アラダイス、52歳。通称ビッグサム。この5月まで8シーズンに渡ってボルトンを率いてきた彼は、限られた予算しか使えないクラブを2部リーグからプレミアへ引き上げ、最近4シーズンは、最終順位が8位、6位、8位、7位と、中堅どころに定着させた実績を持っている。日本のファンには西沢明訓や中田英寿を獲得した監督、といったほうが、馴染みがあるかもしれない。

 監督術はとても斬新だ。戦術はいまやプレミアでは珍しい、ロングボールを前線に放り込む、伝統的なキック・アンド・ラッシュを得意とする。このスタイルで予算が限られているボルトンを4年連続でひと桁順位に留めたのだから御見事である。

 といっても、むやみやたらに放り込むだけではない。蹴り込んだらサイドの選手は即座に攻め上がり、他のMFは中央へ詰め、こぼれ球を左右中央から再びゴール前へ放り込むという波状攻撃を仕掛ける。正確にいえば組織的なキック・アンド・ラッシュなのだ。

 斬新なのは戦術だけではない。試合前半はスタジアム上部の観客席から戦況を眺めながら、無線を使ってベンチへ指示を出す姿はお馴染みになっている。分析の各専門スタッフを雇い、いまでは欧州の主要クラブのほとんどが採用している最新鋭の分析システム「スカウト7」を導入したのも早かった。“ラップトップ監督”とか、“革命監督”と呼ばれるゆえんだ。

 そうかと思えば、選手の体調管理をするのに太極拳を導入したり、多国籍の選手たちがチームに馴染み易いようにチームの食事に各国の料理を取り揃えたり、他のクラブがやったことのない、さまざまな取り組みを次々と取り入れたりもしてきた。

 彼とはこの5、6年つき合っているが、実に一筋縄ではいかないタイプの監督だ。一見、豪放磊落だが、振る舞いにスキがなく腹の底が読めない。

 例えば、ある日の定例記者会見でこんなことがあった。いつものように予定時刻から1時間以上も遅れて、ビッグサムが大きな図体をゆさゆささせて現れると、数枚の大判写真を記者たちが待つテーブルの上にポンッと置いた。写真に写っていたのは数日前に0−1で敗れた試合のワンシーンだ。待ちくたびれた記者たちが食い入るように見る。僕も思わず乗り出して覗き見た。ゴール前の混戦で、相手にハンドがあったのかなかったのか、議論になった場面だ。

 写真は遠目からのテレビ映像をキャプチャーしたもので、一番クローズアップされた写真では、相手DFが右手でボールを押さえているのが分かる。試合直後のテレビでは決定的なシーンが放送されず、ジャッジが正しかったのか間違っていたのか、ウヤムヤになっていた。

 「と、いうことだ」とビッグサム。「つまり誤審だった、ということですね」と老練の地元記者たちが返す。誤審がなければボルトンはPKを得て引き分けていた、といいたかったらしい。結局、記者たちの敗因を問い質そうという空気は消え去り、この日の会見はこの誤審問題の話題に終始したのである。

 ビッグサムは一事が万事こんな調子なのだ。担当記者を巧みにコントロールし、都合が悪いときはとぼけ、あるときは真摯な態度を見せたフリをするが、決して本音はおくびにも出さない。

 このビッグサムは昨季、一時イングランド代表監督の有力候補にもなったが、中田英寿ら選手の獲得時に裏金を得ていたという疑惑が浮上し(参照:クラブとファンとお金と)、ダーティーなイメージをFA(イングランド協会)が嫌ったために候補から外されている。

 私生活があまりに慌しかったエリクソンの後釜となるだけに今回の登用は見送られたが、ファーガソンしかり、モウリーニョしかり、ベンゲルしかりと監督は海千山千、清濁併せ呑むような人物じゃないと務まらない、というのがこの世界だ。逮捕されようが不倫が暴露されようが、金銭トラブルが浮上しようが、イングランドのサッカー界ではピッチ外での騒動はあまり問題にはならない。

 すでにビッグサムは来季、ニューカッスルのセンターフォワードに、ミドルズブラからオーストラリア代表のマーク・ビドゥカを獲りたい、と公言している。ボルトンでケビン・デービスがやっていたような、ゴール前に一人で張って勝負するセンターフォワード役を任せたいのだろう。きっと例の独特なキック・アンド・ラッシュで戦うつもりなのだ。また日本人選手を獲るかもしれないという期待も含めて、ビッグサムの監督術に注目したい。

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