MLB Column from WestBACK NUMBER

MLB直営、驚きの野球アカデミー 

text by

菊地慶剛

菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi

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photograph byYasushi Kikuchi

posted2006/09/01 00:00

MLB直営、驚きの野球アカデミー<Number Web> photograph by Yasushi Kikuchi

 シーズン後半戦もいよいよ佳境を迎えようとしているこの時期に、今回はややオフシーズン的な話題を取り上げることをお許し願いたい。それほど、自分の中では衝撃的な出来事だったのだ。

 「○○さんがこの近くで野球アカデミーを始めたんですよ。時間があったら一緒に覗いてみませんか?」

 きっかけは友人から入った他愛のない電話からだった。○○さんとは2人の共通の知人で、フィリーズ等のメジャー数チームで長年スカウトをしていた日系アメリカ人のことだ。個人的にいろいろお世話になった人物ではあるのだが、野球アカデミー自体はLA地区にはすでに何カ所かに存在しており、個人的にはそれほど心揺さぶられる話題ではなかった。しかも電話を受け取ったのは4月だったのに、シーズン開幕から取材で忙殺されていたこともあり、機会を失し続けていた。それが8月に入り、斉藤投手とドジャースが絶好調だったお陰でLAに留まる時間が増えたため、ようやく先日訪問することができたのだが、いざ足を踏み入れてまさに驚嘆の一言。友人からの情報が少なかったため知人が個人経営するアカデミーと勘違いしていたところ、実際はMLB直営の巨大施設だったのだ。

 このアカデミー「Urban Youth Academy」は今年2月、LA南側のコンプトン市にある大学内に開設された。表看板にはMLBはじめ数チームのロゴが記されていることからも察せられるとおり、MLBが運営し、各チームから様々な支援を受けて成り立っている。勿論MLBが直営する全国初のアカデミーで、知人もそのスタッフとして働き始めたというのが真相だった。そして知人から直接その詳細を聞いてさらに吃驚仰天。8〜17歳の少年、少女を対象にさまざまな野球プログラムを無料で提供しているというのだ。

 恥ずかしながら今回初めて知ったのだが、MLBではこの18年間「RBI(Reviving Baseball in Inner Cities)」というプロモーション活動を展開し、都市部に住む低所得者層の子供たちの野球人口拡大を目指し様々な取り組みを行ってきた。そして今回のアカデミー開設も、その活動の延長線上にある。

 「ここ数年アメリカ国内では、野球において世代間に断層が生じている。リトルリーグが終わる13歳になると、全体の75%が野球を止めてしまうという深刻な状況に陥っているのだ。特に都市部の子供たちにとっては、用具を揃えるのも容易ではない。このアカデミーの最大の目的は、そういった子供たちに野球を続ける場を提供することだ」

 以上は、アカデミーの責任者であるダレル・ミラー氏の説明だ。実際今年5月からプログラムを開始し、数週間の短期から1年間の長期プログラムをすでに1000人を超える子供たちが受講。そして大学でプレーできなくなった19歳の少年がアカデミーに通いながら、ドジャースとの契約にこぎつけるなど、早くも実績を上げている。

 子供対象とはいえ、施設の充実ぶりは半端ではなくメジャーのキャンプ施設に匹敵するといっていい。グラウンドはメジャーサイズの野球場が2面に加え、リトルリーグ専用球場、ソフトボール専用球場が各1面。さらに4つのブルペン、4つの打撃ケージも併設されている。またクラブハウスにはロッカールームをはじめ、ウェート場、トレーナー室も完備され、備品のほとんどが各チームから無償提供されている。例えば、ウェート場にある器具はアスレチックスの“お下がり”。また訪問した日には、ツインズから使用済みの打撃練習ボールが大量に送られてきた。

 加えてアカデミーの凄いところは、単なる野球プログラムに留まらず、アカデミーがある大学と連動しながら野球関連──トレーナー、グラウンドキーパー、各種メディア活動等──のカリキュラムも提供している。ミラー氏によると、今後はオフシーズンの自主トレ場所としてメジャーやマイナー選手、さらに日本のプロ野球選手も受け入れる意向で、さらに世代間を超えた野球交流が活発になるのは間違いない。MLBが、同アカデミーをLA地区での“野球文化”発進地として活用したいと目論んでいるのは、火を見るより明らかなことだろう。

 このアカデミーが大きな成果を収めた場合を考慮し、MLBでは他都市への増設もすでに検討に入っているのだという。今回のアカデミー開設は、まさにMLBにとって最初の一歩を踏み出したに過ぎないようだ。いまだプロとアマチュア間の交流に浅くない“溝”を抱える日本の野球界。今回の話題が、将来的なビジョンづくりの参考になってほしいと切に願う限りだ。

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