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超人イチローと加齢の波。
~稀代の安打製造機に送るエール~ 

text by

芝山幹郎

芝山幹郎Mikio Shibayama

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photograph byGetty Images

posted2011/06/17 10:30

超人イチローと加齢の波。~稀代の安打製造機に送るエール~<Number Web> photograph by Getty Images

5月の月間打率はメジャー11年目で最低の2割1分。現時点では、10年間続けてきたオールスターへの出場も危うい

 イチローが打てない。

 ここ数試合は複数安打も出はじめたようだが、まだまだあてにならない。なにしろ2011年シーズンの彼は、66試合に出場して275打数72安打という結果しか残せていないのだ(6月13日現在)。しかも、いままでのスランプとは質がちがう。新聞記事などでみなさんご存じだろうが、このペースで進めば今季の安打数は176本にしかならない。連続200本安打の更新は、かなりむずかしくなったといわざるを得ないだろう。

 私は胸が痛い。感情移入しているからではない。イチローほどの精密機械が……イチローほど眼と手の連動を熟達させた人間国宝級の選手が年齢という魔物に負けてよいのか、と問いかけ、その答をみずからつぶやきそうになってしまうためだ。

人間の作り出した美の極致たるイチローも「自然」に屈するのか。

 イチローは人工美の極致だ。

 近代建築的なニュアンスは、この際ひとまず外していただきたい。大リーグ広しといえども、打撃術における「技芸の心棒」を、彼ほど感じさせてくれる選手はほかにいない。その心棒が、言葉の厳密な意味での「人工物」だ、と私はいっているのだ。

 そんな選手が、加齢という名の「自然」にむざむざと屈してしまってよいのか。

 あのイチローをもってしても、「寄る年波」には勝てないものなのか。だとしたら、私は悲しい。いささか気も沈む。「どうした、イチロー」だの「踏ん張れ、イチロー」だのといった安直な激励の言葉は、とても吐く気になれない。

同世代の一流選手とほぼ同じ成績でも「不振」と言われてしまう!?

 あまり情緒的になっても仕方がないので、イチロー(1973年10月22日生まれ)と同世代の選手たちにも眼を向けてみよう。

 チッパー・ジョーンズ='72年生まれ。今季60試合出場。222打数59安打。

 ジョニー・デイモン='73年生まれ。62試合。252打数71安打。

 デレク・ジーター='74年生まれ。62試合。262打数68安打。

 ボビー・アブレイユ='74年生まれ。66試合。241打数71安打。

 ミゲル・テハーダ='74年生まれ。60試合。229打数52安打。

 ヴラディミール・ゲレロ='75年生まれ。60試合。245打数69安打。

 おや、数字が似通っていないか。多少のばらつきはあるが、打率が3割を超えている選手はひとりもいない。ここに挙げたのは、いずれも一時代を画した一流選手である。だとすれば、われわれ日本人はイチローの成績に悲観的になりすぎているとはいえまいか。

【次ページ】 当然だと思っていた「超人イチロー」像の変化に戸惑う。

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