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躍進を支える猛き情熱。 

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安藤正純

安藤正純Masazumi Ando

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photograph byREUTERS/AFLO

posted2008/12/10 00:00

躍進を支える猛き情熱。<Number Web> photograph by REUTERS/AFLO

 こんなに珍しい首位決戦もないものだ。5日のバイエルン・ミュンヘン対ホッフェンハイム戦のことである。迎え打つのは天下のバイエルン、すべての実績と統計でドイツ1のクラブである。それに対し勝負を挑む、いや、この場合は首位チームなので「挑戦を受ける」立場なのだが、ホッフェンハイムはつい最近まで、そして恐らく「いまだに」世界の誰も知らないチームである。図式からしたら、まさに象Vs子猫である。

 ホッフェンハイムの人口は3300人。これは東京都奥多摩町の約半分、北海道池田町の3分の2ほどだ(池田町を例にあげたのは私がドリカム吉田美和のファンだからです♪)。これだけでも驚きだが、ショックを受けるのはこの先の史実である。彼らがクライスリーガという上から数えて9番目のリーグでスタートを切ったのは91年。つまりわずか17年で国内の最底辺から最上位に登りつめたのである。

 7月のコラムで「今季の気になるチーム」と書いたが、正直、これほどやるとは思っていなかった。彼らはなぜ躍進できたのか。その要因はとにかく、オーナーの情熱と若手の育成に尽きる。

 欧州ナンバーワンのソフトウェア企業SAPを一代で築き上げたD・ホップ氏はよく、石油王アブラモビッチと比較されるが、本人はその台詞を聞くと途端に不機嫌になり、こう反論する。「彼は私の数百倍もチェルシーに投資したが、一度も自分でサッカーをやったことがないじゃないか。ユースの試合だって見てないだろう」

 数百倍は正しくない。ホップ氏だってこれまでざっと200億円は投資してきているのだから。しかし重箱の隅を突くような批判をしても意味はない。聞く人が納得できれば、それでよいのだ。

 ホップ氏は古くからの友人にクラブでの仕事を紹介し、選手にはチャンスを与え、そして自分の名前を冠したスタジアムをポケットマネーで作り、徹頭徹尾、地元チームの発展に寄与してきた。その自負があるからこそ、「俺はドイツのアブラモビッチではない」とムキになるのだ。いいぞ、いいぞ、もっと言ってくれ。ロシアの怪しい石油王なんて所詮は、道楽でサッカーチームを弄んでいるだけなのだからね。

 ところが世間の見方は違う。伝統もなく異常なハイペースで出世したチームに容赦のないヤジを浴びせるのである。それはまるで成績の悪い子が突如、飛び級を果たしたり、オール5を貰うようなもので、嫉妬と羨望が渦巻く感情と似ている。アウェーで「ボスが支配する」「糞ったれ」の「試験管ベビーチーム」と罵詈雑言で貶すのも、そのためなのだ。

 まあいい。言わせたいやつには言わせておけばいい。そのボスは「経営的に(私のマネーから)独立できるように」と早々と次の手を打ってきている。来年から長男に、完成間近の新スタジアムと、支配下にあるハンドボールとアイスホッケーチームの運営全てを任せるというのだ。資産1兆円を有するホップ氏はけっして“すべてを独り占め”せず、他にも分け与えるタイプ、なおかつ独裁を好まない。つまり、船頭がしっかりしているので船は沈まないのである。それがホッフェンハイムの強みなのだ。

 強みのもう1つは若手の育成である。このポリシーにはラングニック監督の意向が強く働いている。戦術の専門家であるラングニックは人気チームのシャルケ04監督時代、スターを気取る選手と何度も衝突してきた。戦術を理解させようとしても、自尊心の強いスター選手はなかなか汗をかく仕事をしてくれなかった。そこでラングニックは、若くて純粋で向上心に溢れる若手を世界中から集め、自分の色に染めていったのである。2部リーグの昨季は4人のユース出身者をレギュラーで起用した。いずれも18~23歳、情熱だけでプレーできる選手だった。

 ホッフェンハイムにとって幸運も味方した。それがFWイビセビッチの獲得だ。セントルイス大学を振り出しに、パリSG→ディジョン→アーヘンと移籍を重ねていたイビセビッチはどのクラブでも最長1年しか在籍できず、昨季、“漂流先の終着点”のようにしてホッフェンハイムにやってきたのだが、ここで彼は初めてほとばしる情熱に出会い、大ブレークを遂げるのである。今季は16試合ですでに18点を挙げている。このままのペースで行ったらシーズン40点も可能。欧州1のゴールゲッターになるかもしれない。バイエルンは試合前、分析のスペシャリストが作成したDVDを監督と選手全員で見てイビセビッチ対策を施していたが、49分に“ドイツのガットゥーソ”T・バイスのアシストにより右足で先制点を奪われた。結局、この試合は巨人バイエルンがロスタイムにトニの決勝ゴールで2-1と勝利を収めたが、試合内容ではむしろホッフェンハイムに軍配があがった。(負け犬の遠吠えではない)

 なんだか、とてつもなく面白いチームが誕生したようだ。60~70年代のバイエルンの成功物語に負けないくらいの愉快なストーリーが生まれているからである。金持ちオーナーの単なる自己満足だったら、これほどの清潔感は漂わないはずだ。

 ドイツのスポーツ紙ビルトのアンケート結果によると、ドイツ代表(男・女)を抑えてホッフェンハイムが「チーム・オブ・ザ・イヤー」に、またホップ氏も「年間最優秀マネジャー」に圧倒的な数字で選ばれた。どちらも公式の表彰ではないため、参考資料程度にしかならないが、それならば私がちょっと時期的に早いけど「ドイツサッカー大賞」を差し上げようではないか。権威ある賞だけに現地に出かけて派手に表彰式を行ないたいところだが、町には宿屋が一軒(12人分のベッド)しかないらしい。ホップ氏には今度、サッカーホテルでも作ってもらいたいものである。

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