カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER

From:東京「ワクワクドキドキ。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2008/08/05 00:00

From:東京「ワクワクドキドキ。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

ついに開幕する北京五輪。テレビ観戦のように全競技を

網羅することはできないけれど、もちろん現場には別の感動がある。

日本人選手のメダル獲得の瞬間をこの目で見届けてきたい。

 北京五輪の足音が近づいてきた。

 「僕も北京へ行くんですよ」と伝えれば「気をつけてくださいね」と、決まって心配そうな顔を向けられる。それはそれで嬉しいことではあるけれど、あまのじゃくな僕は「ありがとうございます」と素直に礼を返す気にはなれない。

 確かに、北京の治安は危なっかしい気がする。楽観的な気分にはとてもなれないが、僕はそれを承知の上で、反対にこう言い返したくなる。「北京も危なそうだけど、日本だってけっこう危ないぜ。アナタこそ気をつけてくださいね」と。よその国の治安を心配する余裕は、いまの日本にはないはずだ。

 日本の危なっかしさは、むしろ日本を離れているときのほうがリアルに感じられる。通り魔事件などの犯罪を海外でインターネットの画面を通して知ると、日本にいるとき以上に恐怖は膨らむ。

 事件そのものの数の多さにも驚かされる。インターネットニュースのトピックス欄には普通じゃない事件がひっきりなしに並ぶ。少なくともそのとき、滞在している国と比較して日本のほうが危なっかしいと思う率は、例えば10年前とは比較にならないほど増している。日本は安全で、外国は危険。頭の中にできあがっているそうしたイメージは、崩れつつある。

 外国にいたほうが、日本のおかしさは浮き彫りになる。日本のことがクリアに見える。外国人は、そんな日本をどのように見ているのか。周囲の目も気になる。日本を危ない国だと思う人が増えているとすれば、それはとても寂しいことだ。北京五輪を心配している場合じゃないと言いたくなる所以である。

 だから僕は、危ないと言われる北京五輪の現場でも、日本で起きている出来事が気になっていると思う。もちろん、悪いニュースだけではない。北京五輪がどんな感じで盛り上がっているのか。スポーツライター的には、その反応について、とりわけ興味がある。

 帰国後、お茶の間観戦者から聞かされる五輪話と、僕が五輪の現場で体験した話との間には、毎度著しい開きがある。現場とテレビの画面越しとでは見えている世界が違うのだ。そうしたときに、何を彼らに伝えればエッと驚いてもらえるか。それを探る意味でも、日本での反応は気になるのだ。

 金メダル16、銀メダル9、銅メダル12。前回アテネ五輪は、日本の空前のメダルラッシュに湧いた。僕も日本のメダルシーンには数多く遭遇することができた。しかし、それでも日本でお茶の間観戦している人に劣った。

 お茶の間には、テレビを通じて五輪の模様が絶え間なく流れている。そこにジッとしていれば、すべてのメダルシーンに遭遇できる。見逃すことはまずあり得ない。

 会場間の移動など、物理的に限界のある僕とは対照的だ。五輪と間近に接しているにもかかわらず、僕はいろんなシーンを平気で見逃す。そこに五輪の特殊性を思わずにいられない。

 例えばW杯では、現地で一人の人間が観戦可能な試合は25試合ある。これは全64試合中のおよそ40%にあたる。60%は見逃すことになるが、テレビで100%観戦するより分かった気になれる数字でもある。20%対80%、いや10%対90%の関係でも、ナマで見たことを誇りたくなるが、五輪はそれさえ難しい。カバー率はせいぜい2〜3%。見通しは利かせにくい。五輪は国単位ではなく街単位での開催。W杯に比べると、はるかに狭いエリアで開催されているにもかかわらずだ。

 五輪はまさに、お茶の間観戦に適したイベントだ。現地へ行って観戦する必要性は、W杯より圧倒的に低い。取材の効率も滅茶苦茶悪い。それでも行きたくなる理由は何か。金メダル見たさというのは、上位にランクされる動機だ。もちろん、それは日本人が獲得する金メダルになるが、その瞬間をナマで見たときの感激は格別だ。

 人生で何度、日本人が金メダルを獲得するシーンに遭遇できるか。何を隠そう、僕にはその数へのこだわりがある。何と言っても、数ある選択肢の中から、カンと匂いを頼りに、その場に出向いていくわけだ。当たったときの感激はひとしおである。まさかの金メダルに遭遇すれば、自己満はピークに達する。1992年バルセロナ五輪の岩崎恭子の金メダルがそうだったし、前回アテネ五輪で言えば、柴田亜衣の800m自由形になる。

 五輪で何を見るか。どのチケットを手配するか。いま僕は、各競技のスケジュール表と睨めっこしながら、頭を悩ませている。選択センスという試験に臨んでいるかのようである。決して悪い気分ではない。ワクワクドキドキ。五輪モードは日に日に高まっている。

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